第四章・祈りの交錯

 

 

 器全体に余すところ無く亀裂が侵食し、とうとう完全崩壊するまさにその刹那。

 一抱えほどの大きさの水晶球が、黒鵺の魂をその内側に吸い上げた。金色に輝く強い光が収まり消えたそこには、同じく金色の粒子がひらひらと舞う中、瑠璃色の霊魂が一つ、眠るようにたゆたっている。

 「ふ〜〜〜、正しくギリギリセーフじゃったわい」

 コエンマ(ちなみに人間界ヴァージョン)が肩を大きく上下させてため息を吐く。と、それを合図にしたかのように幽助と桑原も一気に脱力して腰を抜かしたようにへなへなと、床にへたり込んだ。やっと安心したのか、ひなげしが火がついたように泣き出して、ぼたんに慰められている。

黒鵺の霊体が完全崩壊する、その正に直前、コエンマは割れていた丸窓から飛び込んでくると同時に、魂癒水晶を発動させたのである。その窓の外では地上に降り立ったプーが、内部の様子を心配そうに伺っていた。コエンマを乗せて百足に急ぐために、霊界に残されていたのだ。

 「全く、一時はどうなる事かと思ったぜ! もっと分かりやすく間に合えっつーの!

 気が緩むのと同時に、自分まで涙腺が緩みそうなのをどうにかこらえて、桑原が強がりを交えて言った。

 「それでもう、消えちまうって事はねぇんだろ? 黒鵺は安全なんだよな?

 幽助がコエンマを見上げ、念を押した。

 「もちろんじゃ、霊体の崩壊に伴い魂もダメージを受けておるようじゃが、それを治すための魂癒水晶じゃからの」

 「魂か・・・・・初めて見た」

 躯が、独り言のように呟きながら水晶の中の、瑠璃色の輝きを見つめている。

 まさか結界と同じ色だったとは。それとも、あれは魂の色が反映されていたのだろうか。

 「オレの魂にも、色があるんだとしたら、一体どんな色なのかな」

 「興味があるなら、貴様も一度抜かれてみるか? そういう能力を持った人間に心当たりがあるぜ」

 「でもそれじゃあ、自分で魂の色が見らんねーじゃん」

 幽助が飛影に茶々を入れながら、南野秀一の姿に戻った蔵馬の二の腕を取り、立ち上がらせてやった。嗚咽を飲み込み涙をぬぐいつつも、彼は掌に残っている黒鵺の器だった最後の欠片が、淡雪のように儚く消え去るのを見届けた。

 そして次に、コエンマの腕の中にある水晶玉に守られている、優しい瑠璃色の魂を見た。

 「霊界で起きた事件を解決するために、最初に動いてくれた切り込み隊長じゃったな。色々と無茶もしたようじゃが」

 「えぇ・・・・・・でも、黒鵺はそういう男なんです」

 生きていた頃も。死んだ後も。おそらく、生まれ変わってからも、彼の真髄はそのままだろう。

 「瑠璃結界の黒鵺か・・・・・・噂以上の奴だったじゃないの。直接お手並み拝見できなくて、残念なくらいね」

 棗が肩をすくめて見せる横で、流石はいそいで携帯電話を取り出し、鈴駒にかけようとしている。だがそこへ、派手にひっくり返った大声が炸裂した。

 「あーーーーーー!! そういえば!!!

 声の主となった桑原は、騒音公害を突っ込まれる前に慌てて続けた。

 「不知火と、あと、鯱とか言う奴は、結局どうなったんだ?!

 「げげっ、言われてみりゃ、あたしも忘れてたよ!

  ぼたんがぎくっと硬直し、幽助達も終らぬ緊迫に冷や汗をかきそうになった。

 「まず結果から言うと、不知火と鯱は蛇那杜栖もろとも消えたんだって」

 番号を呼び出そうとしていた手を止めて、流石がまず口火を切った。

 「消えた?

 「溶けたって言った方が正解かしら? 陣さんと凍矢さんが、不知火と鯱を虐鬼の泉に叩き込んで、そこへ黒鵺さんが蛇那杜栖を投げ込んで、仕上げに凍矢さんが呪氷で蓋をしちゃったんだって」

 「・・・・・・そういえばさっき躯が、陣と凍矢は毒霧エリアに飛び込んだと言ってたな」

 飛影が呟くように言った。

 「奴らも大した賭けに挑んだらしい。見上げた根性だ」

 「のんきな事言ってる場合じゃねぇって」幽助が呆れ混じりに嘆息した「オヤジでさえ近寄んなかったトコなんだぜ。取り返しのつかねぇ事になってかもしんねーじゃんかよ」

  まぁ結果オーライだけど。と、呟く幽助を横目に、コエンマがやれやれと肩の荷を降ろした。

 「もうこれ以上の急展開はゴメンじゃぞ。ぼたん、ひなげし、この魂癒水晶を持って先に霊界に戻っておれ。ワシは煙鬼大統領に会ってくる。今回の件について、直接謝罪せねばならんからの」

 「霊界に・・・・・・? 今からすぐですか?

 やっと泣き止んだひなげしが、ハッとしてコエンマを見上げた。

 「あぁ、輪廻転生待機所に直行してくれ。職員達には、ジョルジュを通して話をつけてある」

 「ってことは、まさかこのまますぐ、黒鵺さんを転生準備に?!

 「そりゃ当然じゃ。本来の予定なら、昨日には妖力や記憶といった霊体情報を消去して、現世に魂を送り届けていたはず・・・・・・」

 「もう少し待ってください! 転生の前に、もう一度黒鵺さんの霊体を再生していただけませんか?

 ここまで聞いて、幽助もひなげしの言わんとしている事を察した。

 「そうだよな。蔵馬との再会まで千年以上もかかったんだ。もうちょい落ち着いて話ぐらいさせてやれねぇのか?

 「あたしからもお願いしますよ、コエンマ様。たったあれだけの時間じゃあ、あんまりにも寂しいじゃないですか」

 「オメー、霊界のお偉いさんだろ? その程度何とかしてみせろや」

 ぼたんと桑原もいつの間にか加勢し、コエンマは魂癒水晶と一同とを見比べながらたじたじになった。

 「そうは言っても・・・・・・霊体が完全崩壊したとあっては、魂だけから再生するのは困難じゃぞ。魂癒水晶で保護できる期間をオーバーしてしまう恐れもある。その段階を外して、転生に進めた方がよっぽど安全じゃ」

 「どうしても無理、ですか・・・・・・」

 蔵馬が、力なくうなだれた。彼も当然期待したのだ。まだ、黒鵺と話したい事は山ほどあったのに。・・・・・・やっと、会えたのに。

 『コエンマ、来てるだか?!

 突然、室内無線から陣の声が飛んできた。

 「陣? そこ医務室でしょ、何であんたが喋ってんの?!

 棗が目を丸くしたのに答えるかのごとく、その背後からは『アホか、患者が動くなっつーの!』『何をしている、戻れ!』などと、九浄達による制止の声が重なっていた。

 『いいから、コエンマは? 黒鵺の魂は、保護できたんけ? 教えてけろ!!

 叫んだそばから、激しく咳きこむ音が聞こえる。無線機から引き剥がそうとする時雨らに抵抗し、振り切っている様も音声だけで想像できた。凍矢の声が全く聞こえない所を見ると、彼はまだ意識が戻っていないらしい。

 「黒鵺は心配いらん。ワシに何の用があるのか知らんが、とにかく今は解毒に専念した方がいい。おぬしが治ってからまた・・・・・・」

 『それじゃ遅ぇんだ! 黒鵺の魂がこっちにある内に、オラもオメさに教えなきゃなんねぇ事があるんだべ!

 いつになく切迫した声音に、司令室にいる一同は互いに顔を見合わせた。おそらく、医務室でも同じような状況だろう。無線から、陣をとめようとする声がやんでいる。

 『刹彌の宮殿、隠し宝物庫の中でも、一番奥の部屋・・・・・・』

 掠れがちな声を自ら叱咤しているような陣の声が静かに響く中、蔵馬の脳裏に千年前、黒鵺と共に最後に侵入したあの場所が鮮やかに甦った。

 『そこから、さらに地下の秘密部屋に続く、入り口があるだ』

 それは、蔵馬の記憶にはない場所だった。確かに、千年前にその宝物庫には足を踏み入れたが、秘密部屋も入り口もなかったはず。そんな情報すら掴んでいた覚えはない。

 『その秘密部屋、に・・・・・・黒鵺の、遺体が封印されてるんだべ・・・・・・千年前のまま』

 誰かの息を飲む気配さえ聞こえないような、時が止まったかのような沈黙が降りた。陣が必死で振り絞っている声。それだけがはっきりと輪郭を持つ。

 『だから・・・・・・後生だべ、コエンマ。黒鵺を、生き返らせてやってけろ・・・・・・!

 友のそばに帰してやってほしいと、陣は切に願った。せめて、彼だけは。

 

 

 それは、黒鵺と六人衆が虐鬼の泉へ向かうための地図を、探している最中の事だった。

 陣と凍矢は黒鵺と共に、宝物庫の中で一番奥の部屋に居たのだが・・・・・・。

 「何だ、こりゃ?

 部屋の隅で名品珍品の山をひっくり返していた黒鵺が、ふと怪訝そうな声をあげた。

 「どうかしたのか? もしや、地図でも?

 尋ねてくる凍矢に首を横に振って否定しながら、彼は凍矢と陣を手招きで呼び寄せる。そして、碁盤目状にタイルを敷き詰められている床の一点を指し示した。

 「これ、ここの模様見てみろ。幾何学模様で規則正しく描かれてなきゃいけねぇのに、右隣のタイルと接してる所が、どう見ても不自然だ。繋がってねぇんだよ」

 それは、素人だったら確実に見過ごしてしまうだろう相違点だが、黒鵺にとっては怪しむにたるものだった。しかも、千年前にここへ入った彼にもこれには見覚えがなかった。

 「床にこんな細工があること自体、昔は聞かなかったぜ。こりゃ絶対なんかある」

 罠が発動しないか十分警戒しつつタイルを取り外すと、小さなスイッチがあった。警戒状態を続けながら黒鵺がそのスイッチを押す。そのとたん、びゅん、と鈍い音を立てて、三人の真下から無数に敷き詰められた剣が突出してきたではないか。

 とっさに高くジャンプして全て交わした彼らが、安全地帯に着地すると、背後の壁に人一人やっと通れるほどの穴が現れていた。その先には、下り階段が伸びている。明かりがまったくないため、数段先はもう、深い深い闇の中だ。

 「ほぇ〜こげなトコにも、隠し部屋がまだあったべか」

 「黒鵺が死んだ後に、作られた事になる・・・・・・な」

 「地図があるかどうかはともかく、調べといた方が良さそうだ。行くぜ」

 間者の守護法衣の裾を僅かに引きずりながら、黒鵺が先頭に立つ。

 ランプの明かりを頼りに、三人が慎重に降りて行った先には、天井の低い空間が開けていた。ここに一体何があるのかと、一斉にランプを部屋に向けてみた、その瞬間、彼らの目に飛び込んできたものは・・・・・・。

 「これは・・・・・・?! そんな、馬鹿な!!

 そこにあったのは、半透明なエメラルドグリーンの大きな石。全長およそ三メートル弱と行った所か。だが、驚くべきはその中心。石の中に閉じ込められている、『彼』

 流れ出た血の生々しさも、蒼白な顔色なのに安らかな面差しも・・・・・・紅い宝石のペンダントの紐を握り締めるその手も、何もかもがあの時の状態で静止しているではないか。

 「・・・・・・こここいつって、くくく、黒鵺でねぇのか?! しかも死体・・・・・・!!

 「何故、こんな所に・・・・・・いやそれ以前に、何故保存されていたんだ?

 陣と凍矢は唖然としつつも石の中の『黒鵺』に駆け寄り、つぶさに観察する。竹槍は抜かれたものの、傷口は塞がれておらず死に様の凄惨さを物語っているが、全く腐敗してはいない。完全に千年前から時を止めているらしかった。

 「冷静に考えると、理由は大体見当つくぜ。・・・・・・しっかし、自分で自分の死体見るってのは気分悪ぃな、おい」

 「いやいやいや、それより理由ってな何だべ!

 「刹彌の趣味の悪さが成したワザって事さ。自慢じゃねぇが、当時のオレは瑠璃結界の黒鵺として知名度高かったし、生来の結界の支配者級としては最後の生き残りだ。奴のコレクターとしてのお眼鏡にかなったんだろうよ」

 そう言われてみれば、と陣は思い出した。ついさっきまで自分達がいた宝物庫にも、絶滅した種族の剥製や、ホルマリン漬けにされた何かの身体や内臓の一部など、胸の悪くなるような品々が金銀財宝と一緒に陳列されていたではないか。

 「剥製にせず、わざわざこんな大掛かりな封印を施したのは、お前をしとめた『記念』を残すためというわけか」

 「多分、凍矢の見解で当たりだな。それと、こんな手の込んだ部屋を新たに作ってまで隠したのは・・・・・・蔵馬による報復と奪還を、恐れたためだろう」

 おそらくというか、確実に、刹彌は黒鵺の遺体を自分が所有している事を、誰にも自慢などしてはいまい。自分一人で悦に入っていたに違いない。部下達にも厳重に口止めしたはずだ。魔界の歴史にも、黒鵺の遺体に関する事実は記載されていないし、もしこの情報が漏れていたら、蔵馬が黙ってはいなかった。

 実際には情報漏えいする前に、この宮殿自体が滅んでしまったのだが。

 しかも、盗賊達でさえ疫病を恐れてこの近辺には近寄らなかったため、これまで一度も荒らされる事なく『彼』はここで無言の眠りについていたのである。

 「なぁ凍矢、躯ん所の時雨って奴、死体の傷も治せっかな?

 「できると思うぞ 一通りの魔界医学に通じていると聞いたことがある。それがどうかしたか?

 「いやだって、こーやってちゃんと全身残ってんなら、後は傷口塞いで生きてた頃と同じような状態にしてやりゃ、生き返らせる事できんでねぇかと思ってさ」

 「い、生き返らせる? 黒鵺を?!

 「無理だろ、確実に。千年以上も昔に死んじまったんだぜ。身体が残ってるからって、今更そんなモン実現するかよ」

 暗がりに浮かぶランプ越し、輪のような光に照らし出された黒鵺が苦笑した。

 「この際、いつ死んだかってのは関係ねぇべ! 幻海のばーさんだって、コエンマが復活させたんだ。あいつに頼めば何とかなるかもしんねぇ!

 熱っぽい力説が、四方の壁に跳ね返るのを聞きながら、凍矢も頷いた。

「そうだな・・・・・・それに、こうして肉体が残っていた事実を、単なる偶然で片付けてしまうのは惜しい。いやむしろ、千載一遇のチャンスだ!

 むざむざ逃す手はないだろう、と続けようとした凍矢だが、それを遮るように黒鵺は首を否定の形に振って、もう一度苦笑した。

 「いいよ、やめとく。オレは最初の予定通り、霊界に戻って転生するぜ」

 柔らかな声音の裏側に、とりつくしまのない拒絶が潜んでいる。

 「なしてだ! もっかい生き返った方がいいにきまってるべ。そしたら、蔵馬も絶対喜ぶだぞ」

 「お前が死者でなくなれば、過去に捕われるという事にもなるまい。何を気にしている」

 「・・・・・・さっき鈴駒が言ってた事、覚えてるか? 竹林にも生き物の気配がしなかったってやつ。あれの原因は、疫病じゃねぇんだよ。オレも、蛇那杜栖の廃棄方法調べてる延長で、偶然ここいらの歴史を知ったんだけどさ」

 「どういうことだべ? 竹林がどう関係してくるだ?

 「かつて、この刹彌の宮殿をとりまく竹林には、妖怪を食料にしている幻魔獣が生息していた。肉も内臓も骨も、とにかく何もかもを食い尽くすとんでもねぇ食欲を持った連中だ。ところがその幻魔獣は、およそ千年前のある日を境に絶滅しちまったんだと」

 千年前、というキーワードに引っかかるものを感じつつ、凍矢はあえて尋ねた。

 「それは、どうして?

 黒鵺は僅かに視線を落とし、何かに耐えているような顔をした。

 「一応、古い文献には記述されてる事だから言うぜ。・・・・・絶滅というより、虐殺だったんだ。銀髪の妖狐に殺しつくされたんだよ。・・・・・・幻魔獣どもの死体は全て、腹をかっさばかれてたそうだ」

 あの時。刹彌が部下に命じて黒鵺の遺体を持ち帰らせたことなど、知る由もなかった蔵馬は、親友が例の幻魔獣に食われてしまったと思い込んだ。それが引き金となって、手当たり次第にその獣達を屠り、腹を裂いたのである。

 理由など、火を見るより明らか。黒鵺の亡骸を捜し求めていたのだ。

 後にそれは、極悪盗賊・妖狐蔵馬の最初の悪行として、魔界住民達の口に上る事となった。

 陣と凍矢の脳裏に、自分達が生まれるよりずっと前の、知る術の無い光景が見える気がした。最愛の友を弔ってやる事さえできず、涙さえ覆う返り血に塗れ、なおも泣き叫びながら竹林を彷徨う、哀れな銀狐の姿が。

 「・・・・・・あいつにそこまでさせたこのオレに、今更どのツラ下げて戻れと? 今の蔵馬にはもう、オレの出る幕なんて必要ねぇよ」

 それに、と、黒鵺は陣と凍矢に向き直った。

 「地獄に堕ちてからずっと、絶えず願い続けてきた事があった」

 「願い・・・・・・?

 「蔵馬が、オレなんざ足元にも及ばねぇような家族や仲間に恵まれて、現世で幸せに生きていけますように・・・・・・それだけなんだ。他には何もいらなかった。正直、輪廻転生すらもどうだっていいんだよ。あんなのは所詮、霊界が判断する事だ」

 いつの間にか地獄で年月が積み重なり、それが霊界側から『刑期満了』とみなされる基準に達しただけ。黒鵺にしてみれば、その程度にしか過ぎないのだ。

 「願いは成就した。この目で確かめる事もできた。後は正聖神党の件が片付きさえすれば、もう思い残す事は何も無い。オレも、お役御免だ」

 そこまで言うと、黒鵺は自らの亡骸を振り返りもせずに、もと来た階段を登り始めた。その背中になおも食い下がろうと陣は呼びかけようとしたが、凍矢に制止される。

 「! 何すんだべ! 黒鵺はあんな事さ言ってっけど、オラこのままにしておけねぇだ」

 「わかってる。だが、これ以上正攻法は通用しそうに無い。とりあえずここはいったんひいて、黒鵺の魂が保護された後でコエンマに直接かけあった方が確実だ。奴の性格上、ヘタにゴリ押ししたら、自ら死体を処分しかねんぞ」

 言われてみれば、その可能性は十分にあった。彼の頑固な側面をかんがみれば、凍矢の意見に従うのが正解だろう。陣ははやる本音をぐっと堪えて嚥下して、凍矢と共に黒鵺の後につき、元の道を戻り始めた。

 一度だけ、封印の中に浮かぶ『黒鵺』を振り返って。

 

 

 以上の顛末を蔵馬や幽助達に説明したのは、躯だった。あの報告の後、陣も昏睡状態になってしまったため、凍矢とあわせて彼らの意識を読んだのである。彼女の、他人の意識や記憶を読み取る能力は、対象の表層意識が睡眠や失神などで「落ちて」いる時にしか発動しないのだ。

 黒鵺の遺体は彼を封印している呪石ごと、とりあえず医務室に運び込まれた。

 「封印解除自体は、難しくない」石に触れながら、時雨が説明する「見た所、傷口が腐敗どころか化膿にすら達しない内に封じたらしいな。これなら、陣と凍矢の解毒よりも簡単に治せる」

 聞きながら、蔵馬は瑠璃色の魂が眠る魂癒水晶を、慈しむように抱きしめていた。硬質な感触越しに、親友の鼓動が響いてくる気がして。

 「だってよ、コエンマ」幽助が振り向いた「肉体が生前の状態になれば、魂を戻してやりゃあ生き返るんだろ? それによ、暗黒武術会の『願い』がまだ残ってるだろうが」

 「暗黒武術会、じゃと?

 「おうよ、オレの願いはバーサンの復活で叶ったから終わりだけど、蔵馬のはまだ保留状態のままじゃねぇか」

 「・・・・・・・・・本来、成就させるのはワシではなく、大会運営委員会のはずなんじゃが」

 「いーだろ、別に! この際細けぇ事は気にすんな!

 「どこが細かいんじゃ!!

 「おいそこ、オレの要塞の、しかも医務室で騒ぐな」

 「第一、隣の病室で陣と凍矢が寝てるって、さっき説明されたばっかだろ」

 躯と桑原の二人がかりで畳み掛けられ、幽助とコエンマはとりあえず不満げに互いを睨み合うまでで収まった。

 「まぁとにかく、ダメージが癒えた後に魂を身体に戻せば、その中間の存在である霊体の再生は待機所で治療するより早くなされる事は確かじゃ。ただ、地獄にいた間に大幅に増幅した妖力が身体に馴染むまでは、眠っておるじゃろうな。とはいえそれも、せいぜい一日か二日程度ですむはずじゃ」

 「それより貴様、本気で黒鵺を生き返らせる事が可能だと思っているのか?

 輪から外れ、壁に寄りかかって立つ飛影が、半信半疑でコエンマを伺った。

 「霊界の頭が固い連中が、そんな大それた事をすんなり納得するとは、到底思えん」

 「その頭が固い連中のほとんどが、正聖神党党員で拘束済みじゃ。他のまともな上層部やオヤジは、ワシが言いくるめよう。輪廻転生はもともと決定しておったし、黒鵺の今回の働きを考えれば、復活ぐらいの思い切った報酬でなければ釣り合わぬ」

 「必要とあらば、霊界への説得は煙鬼にも口添えさせてやるぜ。じゃあ時雨、後は頼む」

 躯の言葉に、時雨が頭を垂れようとしたその刹那。

 「あの」

 ずっと沈黙を守っていた蔵馬が、不意打ちのように口を開いた。

 「五分、いや三分だけでいいんです。・・・・・・黒鵺と、二人だけにしてくれませんか」

 かすかにわななく声音の裏に、湧き上がるような切望が見え隠れしている。水晶を抱きしめる手の力が、ほんの少し増す気配もした。

 「おう、構わねぇぜ。ここまで来たら誰も急かしゃしねぇよ」

 「・・・・・・浦飯、この医務室の管理責任者は拙者なんだが・・・・・・」

 「だから、細けぇ事は気にすんなって!

 ほら行った行った! と、まるで自室であるかのように幽助は蔵馬以外の一同を、医務室の外へせきたてた。最後に自分が退室する直前に蔵馬の方を振り返り、「じゃ、また後でな」と一言残してドアを閉める。

 「これにて、一件落着・・・・・・って所か」

 廊下に出た桑原が、しみじみと呟いた。

 「でもなんつーかよぉ、今回の件は蔵馬が珍しく感情的っていうか、いつもと調子が違ってたな」

 「そりゃそうだろ、黒鵺は蔵馬が青かった頃もガキだった頃も知ってんだぜ。そんな奴の絡んだ事件じゃ、当時の・・・・・・極悪盗賊とさえ言われてなかった頃の自分に、戻って当然ってもんだ」

その時、幽助の心の中かから、ふと記憶の一つがフラッシュバックした。

あれは、初めて闘神変化した時。同時に、初めて魔界に行って戻ってきた夜の翌日の事。

ぼうぼうに伸びた髪を、蔵馬に切ってもらっている時に交わした会話。

『前世の実無しで、妖狐に戻れるようになったんか?

 『条件付きだけどね。俗に言うキレた時・・・・・・も少し広く表現するなら、感情を抑えきれなくなった時、かな、多分。』

 『なぁ、それってもしかしなくても、オレが魔族大隔世で一度仮死状態になった事がきっかけ?

 『そうだね。しかも目の前に仇がいたわけだし。でも、幽助には感謝してる。・・・・・・キミが生きててくれたおかげで、同じ悲劇を繰り返さずに済んだんだから』

 後半の、何やら含みと重みのある、哀しげな響きを持つ言葉は当然気になった。けれど、ちょうど襟足部分を切っているときだったので、蔵馬の顔が見えなかったし、振り返ることすらできなくて、それ以上深く聞くことははばかられたのだ。

 当時も、何となく察しはついていた。その悲劇とは、他ならぬ黒鵺の事だろうと

 閉じられたドア越し。肉眼では見えない蔵馬の背中を、幽助は心に思い描き、そこに短く声をかけた。

 良かったな、蔵馬。

 

 ドアの閉まる音を合図にしたかのように、蔵馬の双眸からは再び熱い涙が溢れた。それをぬぐおうともせずに、彼は呪石の中の黒鵺を真っ直ぐに見つめる。死体の状態に反して死に顔が安らかなのは、自分の無事を見届けて安心したからだろうか。

 「本当に、お前は・・・・・・」

 声の震えにつられたかのごとく、透明な雫が頬を伝って魂癒水晶に落ちる。いくつも、いくつも。

 「必要ないとか出る幕ないとか、オレの意見も聞かずに勝手に決めるなよ。全く・・・・・・妙なトコで頑固なんだから。そこまで変わってないなんて、わざわざ地獄にまで堕ちた意味が無いじゃないか」

 笑って憎まれ口を叩こうとしたが、失敗だった。どうしても、涙が止まらない。

 「確かに、母さん達家族や幽助はじめ仲間達は、オレにとってかけがえのない存在だよ。お前の願ってくれた通り、恵まれてるよ。でも・・・・・・」

 腕の中の魂と、目の前にある身体とを交互に見て、蔵馬は嗚咽を堪えながら綴った。

 「彼らと同じように、お前の代わりだってどこにもいないんだ・・・・・・!!

 

どうかもう一度、ここにいて欲しい。

 

 

 

 

 

エピローグ

 

 

 二日後。第二回魔界統一トーナメントを、きっかり一ヵ月後に控えた、今回も試合会場を提供する魔界都市・癌陀羅では、その記念祭が大々的に開催されていた。前回トーナメントの敗者からなるパトロール隊は、名目上こそ今日の任務は記念祭警護となってはいるが、実際には第二回に向けての貴重な息抜きとして心ゆくまで満喫している。

 都市全体が華やかに飾り付けられ、出店が立ち並び、大道芸人がやんやの喝采を浴び、特設オーロラビジョンでは、前回トーナメントのダイジェスト映像が流されていた(解説は小兎)

 そして今日は、トーナメント出場登録申し込み最終日でもある。それが完全に締め切られる正午寸前。記念祭の賑わいから少し外れた場所に設置されている登録所で、最後の選手が駆け込み同然に申し込みを済ませていた。

 「うっれしいわぁ〜、黒鵺ちゃんが無実で生き返って、しかもあたしに会いに来てくれただなんて!!

 「登録だ登録! 勝手な事ぬかしてんじゃねぇよ! 大体オレはもちろん蔵馬も、凱琉が受け付けバイトやってるなんて知らなかったんだ」

 ってかお前、生きてたのか。と付け加え、黒鵺はげんなりと肩を落とした。その胸元には、紅い宝石のペンダントが再び輝きを放っている。彼の最初の死後まもなく、凱琉は詐欺師を引退し魔界の各地を転々としていたのだが、前回のトーナメントの盛り上がりに心底熱狂したのである。選手として戦うだけの力量は無くとも、少しでも関わりたいと考え、アルバイトスタッフとして雇ってもらったのだそうだ。

 「詐欺師引退以降、オレも全然会ってなかったからね。まぁ、元気そうで何よりじゃないか」

 「あらぁ、話が分かるようになったわね、蔵馬ちゃん。昔はあたしの事警戒しまくって、子供の頃なんか黒鵺ちゃんの後ろに隠れてたくらいなのに。ところでアンタ、本当に今度のトーナメントに出場しなくていいの? 今ならまだ間に合うわよ」

 だが蔵馬は、苦笑しながら首を横に振った。

 「オレが出るのは無理なんだよ。黒鵺の付き添いできただけだって」

 「残念ねぇ、前回は三回戦敗退とはいえ、素敵な戦いっぷりだったのに。・・・・・・ところで、ものは相談なんだけど」

 「相談?

 「アンタ、闘神雷禅の息子とか躯お抱えの筆頭戦士とか黄泉様とか元部下だった六人衆とか、ずいぶんなつぶ揃いと仲いいらしいじゃないの。だ・か・ら」

 「あいにく、誰一人として紹介するつもりないよ」

 最後まで言い終わる前にきっぱりと断られ、凱琉は憮然と頬を膨らませる。

 「用は済んだし、とっとと祭りの方に行こうぜ、蔵馬。幽助や陣達も、もう来てる頃じゃねぇの?

 「そうだね、躯には登録の事言ってあるとはいえ探させちゃ悪いし、急ごうか」

 「全部仕事ハケたら、あたしも記念祭に繰り出すからねー!

 「お前は来んな!!

 投げキッスのおまけ付きで、凱琉が事務所に戻ったのを確認して、二人は顔を見合わせ苦笑いをかわした。

 「本当に相変わらずだな、あの野郎。誰かが毒牙にひっかかんねぇように、オレ達が気をつけてやんなきゃ」

 「相変わらずなのは、黒鵺の方だよ」

 まるで、夢のようだった。否、どんな甘い夢より幸せな現実だった。黒鵺がまた、自分の隣に立ってるなんて。他愛の無い雑談を交わせるだなんて。

 そう、これは現実。だから・・・・・・

 「出し抜けにこんな事言い出して悪いけどさ・・・・・・今度は、オレの方が先に死ぬと思う。黒鵺よりずっと早く年老いて」

 南野秀一の身体は、あくまでも「妖化」しただけだ。振るわれる妖力に順応しただけ。成長や老化の速度は、並の人間と大差無い。魔族大覚醒により、遺伝子レベルで妖化した幽助は寿命が延びているだろうが、それも「普通の人間と比べたら」という程度だ。

 「お前の復活を願ったのは、オレ自身のわがままでもあるんだ。次は自分が置き去りにするのを分かってたのに・・・・・・それでも、どうしても、あのまま再び離れ離れになるのは耐えられなかった・・・・・・」

 そこまで蔵馬が言った時、彼の髪に、優しいぬくもりが触れた。それが黒鵺の手だと気付いたと同時に、宥めるように撫でられた。

 「いずれ蔵馬の寿命が尽きたら・・・・・・また、生まれ変わって来い。千年でも二千年でも待っててやるよ。大体さ、お前の寿命が人間並みってのも、それほど悪かないぜ。お前が嫁さん貰って子供が生まれて、またその孫が生まれるまで、大して待たなくて済むってことだろ?

 「・・・・・・訂正。お前、やっぱり変わった」

 「ん? どの辺が?

 「昔より、もっともっとお人好しになったし、能天気にもなった」

 「言ってくれるじゃねーか、子狐!!

 お世辞にも撫でているとは言い難い、乱暴な仕草でわしわしと髪をかき回されて、蔵馬は「痛いって!」と乱れた髪をそのままに笑った。かぶさった髪に目元が隠れて、だからうまくいったはずだ。泣きそうなのを、ごまかす演技は。

 それとも黒鵺は、気付いていないフリをしてくれているのだろうか?

 

 「・・・・・・黒鵺」

 「ん? どした」

 「色々って言うか、全部ありがとう。それと、お帰り」

 「おう、ただいま。・・・・・・今更、オレ達の国は造れそうもねぇけどな」

 「でも、居場所はあるよ。オレが見つけられたように、黒鵺だってきっと」

 「そっか。まぁ、今の所は・・・・・・」

 

 とりあえず、お前のそばでいいや

 

 

 

 

 

「トーナメントに出ないだと?!

 さまざまな露店が立ち並び、大勢の老若男女が賑やかに行きかう一角。烈火の勢いで飛影に怒鳴られ、幽助はぎょっとした。そのはずみで落としそうになった串焼き(何の生き物の肉かは不明)を持ち直し、おずおずと聞き返す。

 「あれ、オメーまだ、蔵馬から聞いてなかった?

 「初耳だ! あいつ、そんな事ほざいてやがったのか?

 正に鬼の形相だが、出店の焼きそばがまだ半分近く残っている皿と箸を持っている状態(躯の奢り)では、迫力も微妙である。

 「別に意外とは思わんな。就職したと聞いた時から、そんなような予感はしてた」

 すっかり全快した凍矢が、平然と言い放つ横で、同じく元気になった陣が袋詰めの豆菓子をばりばり噛み砕き全部飲み込んでから、不満の声をあげた。

 「でも、あいつ出ねぇなんてつまんねぇべさ! 前のトーナメントの時にも当たれなかったしよ」

 「まぁその分補って余りあるほどに、黒鵺が活躍してくれると期待しようぜ」

 とのたまう躯は、すでにほろ酔い状態で上機嫌である。百足で黒鵺の意識が戻って早々、彼がトーナメント出場を決めた事をいち早く聞かされたためもあった。

 「伝説の瑠璃結界にして、霊界の暴挙を防いだ立役者だ。盛り上がらないわけが無い。どんな戦いぶりなのか楽しみだ。最も、優勝は譲らんがな」

 ちなみにこの式典、コエンマはじめ霊界の面々は事後処理に追われているため、残念ながら不参加である。また、人間界では平日なので桑原は大学の講義を終えてから、雪菜を連れて幽助らと待ち合わせる事になっている。躯が飛影を(強引に)連れ出した理由も、実はここにあるのだ。

 陣と凍矢以外の六人衆の面々の場合、鈴木は夜に開催される大規模な花火ショーの打ち合わせ(花火の作成を依頼されていた)、死々若丸はファンクラブという名のとりまきに囲まれ、鈴駒は当然流石とデート。そして酎はこれも当然、棗を追いかけている。

 「それにしてもおっでれーたぜ。今日が登録締め切りとはいえ、こんな即決しちまうとはよ」

 予想だにしなかった事態の到来に、幽助も驚いた。だが、黒鵺のトーナメント参戦は確かに興味深い。蔵馬の欠場は今も残念に思っているから、なおさらだ。

 「奴も、かつて魔界統一を夢見た男だ。大統領になれるチャンスがあるなら、当然乗るだろう。それとも、生身の身体に生き返ったことで、欲が出てきたかな?

 「それはそれ、これはこれだ。蔵馬の奴、本気で出ないつもりか? 次のトーナメントでは勝負できるかもしれなかったものを!

 面白そうに言う躯の横で、まだ納得できないのか、飛影は眉間にしわを寄せっぱなしだ。彼の怒気に呼応したのか、周囲に気温も上がってきたように感じる。

 「飛影、無駄にあちぃだぞ。とりあえず妖気おさめ」

 「黒龍嫌い! 黒龍嫌い!

 陣を遮るように、幼いやんちゃな声が転がり出たかと思いきや、まるで飛影の妖気に対抗するかのごとく冷気が吹き込んできた。

 「あり、白狼でねぇか」

 「白狼?! コレが?!

 陣の呟きに目を白黒させて幽助が指をさした先、凍矢の足元で姿勢を低く構え、飛影に向かってウ〜と唸る小さな狼の姿があった。

 「子狼形態だ。術者が呼び出さなくても、この姿で時折、ごく短時間だが現れることがある。・・・・・・こら、落ち着け、往来だぞ」

 凍矢に抱き上げられ、それでも自分を睨んでくる子狼の視線を受けて、飛影はにっと口元を綻ばせた。新たな楽しみができた事を、思い出したのだ。

 「そうだった。凍矢、貴様は極寒の化身と契約したんだったな。面白い、もしオレと貴様の対戦カードが組まれたら、炎と氷の頂上決戦になるわけか」

 「・・・・・・言われるまでもなく、オレもそこは期待してる。もともと白狼召還術を会得したのは、炎を極めたお前に対抗するためでもあったんだ」

 トーナメントを制する上で、決して避けては通れない、真逆の属性を持つ妖怪。彼に勝たずして、頂点に上り詰める事は不可能だろう。

 「せいぜい楽しませろよ。オレは期待を裏切られるのが、一番嫌いだ」

 「そっちこそ、黒龍が凍えないように気をつけろ」

 「ボク達負けない! ボク達負けない!!

 ボオオオオッ! と飛影の背後に黒炎が立ち上れば、凍矢の足元からビュオオオオッ! と吹雪が沸き起こる。

 「やめないか、二人とも。暑いのか寒いのかわからん」

 「凍矢! 子狼より先に、まずオメが落ち着いてけろ!

 「マジいい加減にしろっての! 風邪と熱中症同時にかかったら、テメーらの責任だぞ!!

 相反する属性同士が発する、ただならぬ殺気に往来に溢れかえっている妖怪達もざわめき始めた。と、そこへ物怖じすること無い新手が一触即発のど真ん中へ、悠々と割って入っていく。

 「よー、目立つ妖気があると思ったら、案の定お前らか」

 前触れ無く突然現れたかと思いきや、黒鵺は左右それぞれの手で飛影と凍矢の頭を挨拶代わりとばかりに撫でる。凍矢は困惑するだけだったが、飛影の反応は当然違った。

 「・・・・・・・・・・・・おい、貴様」

 「うっわ、体温差も全然違うのな。特に凍矢、お前ひょっとしなくてもこの髪、冷気でセットしてる?

 「おい!

 「何だよ、三つ目少年。邪眼の調子はどうだ〜?

 「いい加減手を離せ、殺されたいのか?!

 「はは、生き返ったばっかでそりゃ無ぇぜ。っつーか、何怒ってんの?

 「・・・・・・黒鵺、記念祭が癌陀羅ごと全焼しかねないから、とりあえず飛影から離れた方がいい」

 見かねた蔵馬が引き剥がし、飛影もようやく妖気を抑え始めた。そんな彼が口を開こうとした寸前、幽助が一歩前に出て蔵馬に向かってパンッと手を合わせる。

 「蔵馬、悪ぃ! オメーが欠場するって事、先にバラしちまった!

 「本当に? キミってたまに口が軽いというか、滑らせたりするよね。異次元砲止める時といい今回といい・・・・・・」

 「すんません、ハンパなくすんません! どんな風にでもワビいれっから、その先はどうかご内密にー!!

 今にも土下座しかねない勢いで、何度も何度も頭を下げる幽助。事態が飲み込めず首をかしげる黒鵺や陣達を尻目に蔵馬は、実はもう、女神様はご存知なんだけどね、とほくそ笑んだ。(←桑原と共謀して、密かにバラした奴)

 「飛影が特に不機嫌なのは、もしかしてその事が原因かい?

 「や、今のは新たに芽生えたライバル意識っつーか、火種っつーか」

 当の飛影はまだしかめっ面のまま、フンとそっぽを向いた。

 「来月のトーナメント、派手に荒らしてみせる。蚊帳の外に出た事を、せいぜい後悔するんだな。魔界において真の祭とは、すなわち戦いを意味するんだ」

 この言葉に、幽助はあれ、と引っかかった。いつかどこかで、似たような意味合いの台詞を聞いたような覚えが・・・・・・。

 「あー、思い出した! 煙鬼のオッサン達だ!!

 「? どしたたべ、急に」

 豆菓子を完食した陣にキョトン、とした目で見られ、幽助は気を取り直して詳細を説明し始めた。

 「前回のトーナメント開催が決まったすぐ後にさ、煙鬼とか孤光とか、オヤジの喧嘩仲間達が墓参りに来てくれてよ、そん時に言ってたのが『雷禅が死んだ事後悔するくらい、派手な大会にしようぜ』だったってわけ」

 「本当に、後悔してたらザマーミロ、なんだけどな」

 躯がふっと、僅かに微笑んだ。

 「奴が黒鵺のように、現世の情報をわざわざ集めているかどうかは、怪しいぜ?

 「だな、オレ以上に大雑把なヤローだったし。・・・・・・そういえば、あいつって地獄でも有名人なんか?

 「まぁ、さすがに死んだ当時はちょっと話題になってたぜ。何でも、落ちて半日たらずでそこの環境に順応し、以来喧嘩三昧だそうだ。とはいえ、オレとは別の階層に堕ちたし、それ以上の情報も無ぇけど。・・・・・・・悪ぃな、教えてやれることなくて」

 「や、いいって別に。しょーがねぇじゃん」

 笑いながら答える幽助の脳裏にはかの闘神が、地獄で思う存分暴れまわっている姿がイメージされていた。向こうは魔界より桁違いに広大らしいから、手ごたえのある新たな喧嘩相手もたくさんいるかもしれない。

 「お、そうだそうだ、忘れるトコだった。浦飯、これ」

 躯が一枚の紙切れを、ぴらっと差し出した。

 「何だよ、まさかラブレターか? ・・・・・・って、マジで何書いてあんだ、コレ」

 「お前、魔族になって四年はたつのに、まだ魔界文字読めないのか?

 「っせーよ! とにかくこの紙切れは一体何なんだってーの!

 「請求書だ。このオレがわざわざ直に持ってきてやったんだぞ、ありがたく思え」

 「あーなるほど、請求書な。せいきゅう・・・・・・ぬぁにーーー?!

 改めてよく見ると、そこには金額らしき数字が並んでいる。しかも結構な桁数だ。

 「百足の窓ガラス、派手に叩き壊しただろ。あれって特注品だからそれなりの額なんだぞ。耳揃えてしっかり払え」

 「あ、そういえば黄泉も似たような事言ってたな。祭典その他諸々の業務が終ったら、完全防音客室のテーブルとドアの弁償代請求するって」

 思い出しながら言う蔵馬につられ、陣もつい先程の記憶を呼び起こした。

 「さっき、鈴駒と流石ちゃんに会った時にも、壁の修繕費とか払わせるって息まいてただべ」

 「合計三枚の請求書か。モテるな、幽助」

 「っざけんな! 一ラーメン屋にそこまで払えるかよ!! 保険入っとけ!

 「ごちゃごちゃうるさいぞ。何なら、瑠璃丸でも売りさばいたらどうだ」

 まだ凍矢の腕の中で唸っている子狼に、ますます仏頂面になった飛影が提案したが、幽助はぶんぶんと大きく首を横に振った。

 「今残ってる瑠璃丸は、一粒残らず北神が管理してやがんだよ! オレにゃどこにあんのかもわかんねぇんだ!

 「・・・・・・雷禅の息子のわりに、全然信用されてねぇな」

 黒鵺が怪訝そうに首を傾げれば、蔵馬がその隣で肩をすくめる。

 「まぁ、幽助には前科があるからね」

 

 ちょうどその頃、北神がこの賑やかな集団を遠目に見つけていた。距離がまだ離れているので、向こうは気づいていないようだが。

 「いましたよ、幽助さん達です。何か騒いでるっぽいけど・・・・・・まぁ、深刻じゃ無さそうだ。このまま近付いても平気でしょう」

 と、彼はここまで案内してきた人間の青年と氷女の少女を振り返る。むろん、突然の休講で予定を切り上げて魔界に来た桑原と、雪菜であった。

 「全員揃えるのは無理っぽいし・・・・・あんだけ集ってんなら、上等だ。早い内に、記念写真撮っちまいましょう、雪菜さん。他にも色々撮ってみたいし」

 「そうですね。アルバム一杯にして、静流さんや螢子さん達にも見せて差し上げたいですもの。あの方達は、魔界に来られませんから」

 人間界暮らしに慣れて、写真に対する恐怖心もすっかり無くなった雪菜が、柔らかく微笑んだ。『魂取られますよ』と怯えていた頃が嘘のようである。

 「でしたら、私がシャッター押しましょうか。デジカメって、使った事無いんですけど」

 「頼んます、北神さん! 使い方なんて簡単っすよ、まずは・・・・・・・」

 

それから僅か数秒後に、幽助達は三人の存在に気付く。またしても飛影が記念撮影から逃げようとしたものの、躯に首根っこを掴まれ、あっさり取り押さえられたというのは、また別の話。

 

 

〜完〜

 

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