第三部

 

 

序章

 

 

 突如として魔界に派遣している党員達との通信が途絶えてしまったが、不知火には即座に主犯と実行犯が誰なのかがわかった。おそらく、黒鵺が六人衆の一人にして魔界の通信システム開発者でもある鈴木に、指示したのだろうと。

 「不知火様、いかがなさいます?

 「同志達は皆、霊界に戻ってこられない状況にあるようです。文字通り戦力半減したままでは、我々の作戦に支障が・・・・・・」

 人質を集めた、審判の門会議室。正聖神党・副総裁と幹部の一人大竹が、固唾を呑んで総裁の判断を仰いでいた。

 「慌てる事は無い。滅骸石についての調査は先ほど終了し、廃棄手段も判明した。黒鵺がどこでどう動くのか、もう分かっている。それを阻止する方法もな」

 「ですが、まもなく魔界にも事の真相が明かされると思われます」

 硬い語調に連動したかのごとく、大竹のこめかみを冷や汗が一筋伝い落ちた。

 「浦飯達はともかく、他の奴らは審判の門にいる人質にまで気を回すとは考えられません。異次元砲の威力を盾に、このまま膠着状態を保つ事は可能ですが、それも長くはもたないでしょう」

 「魔界が主戦力を総動員して迎撃体制を整えたら、巻き返される危険があります。それに今は、こちらも特防隊隊員四名と準党員三十三名を人質に取られたも同然です。」

 副総裁の男が、一歩前に進み出た。

 「異次元砲を発射するにしても、まずは同志達が拘束されている場所を特定しなくてはなりません。ですが、もうすでにそれは不可能でしょう」

 通信は完全遮断され、何よりこちらの手の内がバレている可能性が高い今、調査員を魔界に送り込むことは自滅行為に等しい。

 窮地に追い込まれた正聖神党だが、不知火はそれでもなお余裕を含めた態度を崩さない。

「我らの革命を仕切りなおす手段があるとしたら、やはり蛇那杜栖だな。正規党員分の生産が済んだら、一矢報いるチャンスも出てくる。人質さえ救出できれば、異次元砲も使える。蛇那杜栖奪還については、私に任せろ。それと、異次元砲についてだが」

 「とうとう、発射時刻と照準をお決めになられましたか!

 副総裁が、色めき立つ後ろで、人質となった霊界人達が息を飲んで戦慄した。

 「その照準について、当初の予定を変更する事にした」

 これまで煙鬼始め、妖怪達に見せていたのとは比べようも無いほど、冷酷で残忍な闇を瞳に宿し、不知火は口元を笑みの形に歪めた。

 

 

 第一章・最後の幕開け

 

 

一方、室内は何とか通常温度に戻った移動要塞・百足では。

 陣の口からとうとう、事件の全貌が明かされていた。それは、その場にいた誰にとっても予想だにしない事で、驚愕と混乱の渦にしばし飲み込まれるがままだった。

 また陣は、さすがに迷ったものの、隠し通せるものじゃないと判断して、黒鵺の器の崩壊と魂消滅の危険についても仕方なく言及した。

 「そんな・・・・・・それじゃあ!

 腰の抜けそうな衝撃に辛うじて耐えながら、桑原は震える声で叫んだ。

 「あいつは最初から、蔵馬を裏切ってないどころか、オレ達にとっても敵なんかじゃななかったって事かよ?!

 黒鵺は自ら三界指名手配犯の濡れ衣を着て、その存在自体を賭けて自分の計画に身を投じたのだ。理由はたった一つ。たった一人。かつて自分の傍にいた友のため。

 「何てこった」

 幽助がうめくように呟き、拳でドン! と司令室の机を打ちつけた。

 「オレ達は知らず知らずのうちに、『敵』のいいように動いて、味方のはずの黒鵺を追い詰めようとしてたってのか!!

 旧雷禅国での事が、ありありと脳裏に甦る。蛇那杜栖を手に取ることもせず、甚大な被害を残したわけでもなく、幽助にかすり傷さえ負わせなかった黒鵺。あの夜、黒鵺に妖力を振るわせなかったら、戦おうとしなかったら、器の崩壊はもっと遅れていたのだろうか。

 「だども、その敵を騙すにはまず味方からって、黒鵺本人が言ってただし・・・・・・オメらは気にすることねぇと思うべ」

 全部話し終えてひとまずホッとした陣が、いつものように空中座禅を組んだ。そして、風を読むまでもなく幽助の内心を察したか、こう付け加えた。

 「幽助が蔵馬のために本気で怒ってくれたって、あいつ喜んでただよ」

 その幽助の向かい側の席で、蔵馬はずっと無言で俯き、テーブルの上で組んだ己の指に視線を落としていた。

 ・・・・・・あの、お人好し。伝説の極悪盗賊なんか、さっさと見捨てればよかったものを!!

 だけど、分かっていた。そういうことができない男だからこそ、黒鵺は戻ってきたのだ。

 声を発することはできなかった。喉を震わせると同時に涙腺まで震えて、寸前までこみ上げてきている想いのたけが溢れ出てしまいそうだったから。

 「燦閃玉の偽物を使った理由が、まさかそんなにシンプルだったとはな」

 上座の席で腕を組み、躯がため息混じりに零した。不知火達への怒りなんて次元は、とっくに超えている。今まで情報でしか知らなかった稀代の名盗賊に対し驚嘆するばかりだ。

 「魔界全体でお門違いをやらかしてたって所か。なぁ、飛影?

 司令室億の壁際を背に、静かに佇む飛影は、躯を一瞥しただけですぐにまたそっぽを向いた。邪眼は真相を聞いている内に完全回復したというのに、ちっともすっきりしない。

 「それで、陣。ここから先はどうなるんだ? 不知火はじめ、霊界に残っている正聖神党党員どもは、まだ野放し状態同然なんだろ?

 痩傑の言葉に、一同はハッと顔を上げて陣に注目した。

 「黒鵺の当初の計画としては、オラ達六人衆が先に霊界さ行って、蛇那杜栖を廃棄してきたあいつと合流することになってたんだべ。正聖神党の連中ぶっ飛ばすためにな! んでも、黒鵺にゃ悪ぃがこのまま魔界に残っててもらうだ。これ以上無茶はさせられねぇ。そのために、凍矢に追っかけてもらってっからな。この後、オラも全速力で飛んでくけど」

 「なるほど。じゃあ、霊界には後の四人が行くってことか?

 「ちょっと待ったぁーーーーー!!!

 幽助が、立ち上がりざまに威勢よく叫んだ。勢い余って、座っていたイスが後方へ転がっている。

 「酎達にも悪ぃが、ここで選手交替だ! 霊界にはオレ達が行く! 直接あいつらをボコる事まで譲れねぇ!

 「あたぼうよ!!」桑原が続く「だまくらかされた分は、きっちり挽回させてもらわなきゃカッコつかねぇし、気がすまねぇんでな」

 飛影が、寄りかかっていた壁から一歩前に進み出た。

 「・・・・・・・・・このオレをコケにしようとしたからには、その報いを受けさせる」

 最後に、蔵馬がゆっくり立ち上がった。完全に迷いも苦悩も断ち切れた、しなやかな光が翠の双眸を彩っていた。

 「オレも行きます。・・・・・・できることなら黒鵺を追いたいけれど、彼を救うためには、コエンマの協力が必要だ。ここへ来てもらわないと・・・・・・絶対に」

 四つの意思と力が一点に集中していくさまを嬉しそうに見ながら、陣は不敵に笑ってみせた。

 「オメ達だったら絶対そう言うと思って、準備しといただよ」

 「準備?

 幽助がキョトンと聞き返すと、先ほど彼が叩き割ったために直に外界と通じている丸窓のあった場所から、素っ頓狂な声が響いた。

 「うっわちょうど良かった! 陣さんってば、この部屋にいたのー?!

 ひょこ、と顔を覗かせているのは、流石ではないか。

 「ごめんなさいね、躯さん。まだるっこしいことやってる暇なかったから、こっちから入らせてもらうわ」

 前回トーナメントで、友人の付き添いで気軽に参加したにも関わらず二回戦までコマを進めた実績は、どうやら伊達ではないようだ。三竦みの一角をになっていた女王の移動要塞に、物怖じせず窓から入ってきた。・・・・・・すると。

 彼女に続いて、ぼたんとひなげしも姿を現した。もともと司令室は一階部分にあるので、流石の助けを借りてよじ登ってきたようだ。

 「オメーら何で! ・・・・・・あ、流石に匿われてたんだっけか」

 霊気を遮断されていたとはいえ、彼女達の気配に気付けもしなかった自分の不甲斐なさを、幽助は心底呪いたくなった。

「幽助! 陣からもう話は聞いたのかい?

 「おう、ほとんどな。それはそうと、どうしてオメーら二人まで百足に?

 「それが、あたしらも良くわかんなくてさ。ねぇひなげし?

 「うん、最初は大統領官邸に行くようにって言われてたの。あたし達の案内がないと、鈴木さん達が霊界へは行けないからって」

 「だから、こっちさ移動してきてもらったんだって」

 まだぼたんとひなげしでさえ状況を掴めていないのに、陣だけは満足そうにうんうんと頷くような動作を見せた。

 「・・・・・・そうか、オレ達の申し出を陣はあらかじめ察知してたんですね」

 いち早く気が付いたのは蔵馬だった。

 「酎達が集る官邸ではなく、百足に彼女達の行き先を変更したのは、オレ達を霊界に案内させるためだったのか」

 「そーいう事だべ! 鈴駒にはメモで指示してあっから、この事はもうあいつらも知ってるはずだべさ。こっから先は、あっちの四人には念のため人間界さ行ってもらうことにしただ。正聖神党の連中、どんな卑怯な手段使うかわかんねぇからよ、螢子ちゃんや静流ねーちゃん達のガード役だべ」

 「オメー、思った以上に抜け目ねぇんだな・・・・・・」

 至れり尽くせりな状況に、幽助は思わず目を丸くした。

 「へへ〜。元魔界忍者の肩書きは、飾りじゃねぇだぞ」

 そこへ、室内無線が割って入る。

 『躯様! 凍結が完全に溶けました。システムに損傷はありません、すぐにでも動けます』

 「よし、ではこれより官邸や癌陀羅含め、大都市の周辺を巡回する。万一異次元砲を撃ち込まれたら、迎撃せねばなるまい。・・・・・・・未知の兵器だけにどこまで対抗できるかわからんが、少なくとも最悪の事態くらいはさけられるだろう。痩傑、九浄と棗をこっちに呼び寄せてくれ。そのまま流石と合わせて計四人、ここで待機だ」

 「わかった、いいぜ」

 答えながら、痩傑はさっそく携帯を開いた。

 「そんじゃあオラも、ばびゅーんと飛んでっちゃるか! 黒鵺は絶対ここに連れてきてやっから、オメ達も無事に霊界から戻ってくるだぞ!!

 流石達が入ってきた丸窓あとから出発しようとして、陣はあっと思い出したように振り返った。これだけは、早い段階で伝えておかなければ。

 「あんな、蔵馬。オラ、黒鵺に三年前のトーナメントで撮った写真見せたんだ。そしたらあいつオメの事見て、『人間の姿も、なかなか似合ってる』ってよ!

 その時の黒鵺の声が、聞いても居ないのに脳裏で響くような錯覚に襲われて、蔵馬は危うく感情が振り切れてしまいそうになった。まだ駄目だ。何も解決していない内は、耐えなければ。

 「・・・・・・黒鵺らしいな。ありがとう、陣」

 「いいって、別に。ほいじゃあ、後でな〜」

 言葉の途中で飛び出したため、微妙に語尾を引き伸ばしながら、陣はあっという間に空に浮かぶ点になるほどの速度で飛翔した。

 「幽助、プーちゃんはすぐに呼べるかい?

 「おうよ、魔界に待機させてっからな。オレの一声で来てくれるぜ」

 「そりゃあ良かった。あのコに乗った方が、霊体であんたらが飛ぶ速度より断然早いからねぇ。じゃ、早いトコ幽体離脱頼むよ」

 いうなり、ぼたんは空席に座って背もたれに寄りかかり目を閉じると、その霊体を器から分離させてふわりと空中に浮いた。ひなげしが急いで続く。

 「幽助、急いでよ! 三界も黒鵺さんも、一刻の猶予もないんだから」

 「や、そんなこと言われたって急にできるか!!

 ひなげしに急かされても、いまさら霊体状態になるだなんて、無理難題以外の何物でもなかった。そして桑原も、自分の意思で幽体離脱した経験はないらしく、見るからに戸惑っている。

 「起きながら寝るって感じですよ、後は慣れです」

 「さっさとやれ、時間がないんだろう」

 ふと気が付けば、いつの間にか蔵馬と飛影はすんなり肉体を離れていた。

 「早い・・・・・・・・・・・・」

 「しょーがないねぇ、とりあえずその辺でいいからゴロ寝でもしとくれよ。あたしが霊体だけ起こしたげるからさ」

 まったくもう、と腰に手を当てるぼたんに、桑原が渋い顔をした。

 「ンな事言われても、コーフンしてねれねーよ」

 「あんな話聞いちまった後じゃ、余計になぁ」

 いっそ睡眠薬でも飲むか、と考えた幽助と桑原の背後、一瞬にして躯が距離を詰める。

 「ん?

 振り替える間も無く、二人は後頭部に衝撃を感じた。

 

「躯てめぇぇぇぇ!! 戻ったら覚えてろよ!!!

 百足を仕切る女王の快い協力により、見事、幽体離脱に成功した幽助と桑原含め六人を背中に乗せて、それでも悠々とプーは魔界の空高く、ぼたんとひなげしのナビゲートをもとに次元を超えて霊界を目指した。

 

 順調にたどり着いた一行は、審判の門さえも小さく見える断崖の上に降り立った。まずはひなげしが預かっていた、黒鵺が書いたという審判の門見取り図(完全版)を広げる。

 「中には正門からしか入れないの。外壁を壊したり空から近付こうとしたら、警報が鳴っちゃうわ。緊急用避難経路や極秘経路も、すでに封鎖されてるって」

 「飛影、邪眼はもう治ったろ? 敵はまだ残ってるっていうけど、その正確な人数と位置を知りてぇんだ、頼む」

 手をかざして、幽助は審判の門を眺めた。コエンマはじめ、あの場所には百人にも上る人質が捕われているのだ。

 約二日ぶりに額のバンドを外し、飛影は邪眼に精神を集中する。

 「敵は総勢二十八人」

 これを聞いて、ひなげしが首をかしげた。

 「二十八人ですって? それじゃあ一人足りないわ」

 「正聖神党って確か三がシンボルナンバーだから、正規党員と準党員が、それぞれ三十三人いるんだ。特防隊隊員四人は準党員達をまとめるために魔界に行ってたから、本当なら二十九人いなきゃならないのに、おかしいねぇ」

 「飛影ー、オメーまさか数え間違えたんか?

 「・・・・・・見くびるな。貴様じゃないんだ」

 不機嫌丸出しで、ぎろりと三つの目で桑原をひと睨みしてから、飛影は改めて審判の門内部を探ってみた。

 「コエンマと閻魔大王、それとジョルジュとかいう鬼は審判の門敷地内の離宮。それ以外の人質は全員五階の会議室だ。部屋の敵は十三人。他離宮を含め各所に二人ないし三人ずつ見張りがいる。党員は全員揃いのガスマスク、暗視スコープ、銃も持ってるな。」

 しかも、これはすでにぼたんとひなげしも確認済みだが、敵は全員トランシーバーで連絡を取り合い監視カメラをチェックしている。黒鵺が流した妨害プログラムも、やはり復旧していたようだ。

 「お手上げだな。人質の墓を注文した方が手っ取り早い・・・・・・ん?

 バンドを付け直そうとした飛影が、怪訝そうに眉をひそめた。最初の人数確認は事務的に行っていたために、見落としていた事実に今気付いたのだ。

 「不知火がいないぞ」

 「何だって? じゃあ、本来居るはずのもう一人は奴だったのか」

 真っ先に反応したのは蔵馬だった。

 「まさか、魔界・・・・・・いや、人間界に?

 「行ってたとしても、あいつ一人で何ができんだよ。六人衆の内四人に迎え撃たれたら、それこそ消滅モンだろ。術なりなんなり使って、どっか隠れてるだけなんじゃねーの」

 大丈夫だって、と幽助は蔵馬の肩を軽くポンポンと叩く。

 「とりあえず、オレ達はここをどうにかしようぜ。そしたら魔界直行のワープ航路も使えんだ。まずは侵入のための策は?

 確かにそうだ、と蔵馬は気を取り直し、懐かしい文字と絵柄で埋められた見取り図に、もう一度注目した。

 「人質優先なら、強行突破は無理ですね。モニター操作が必要です、配線のコントロール室はここか」

 「ドアの前に見張りが居るな・・・・・・他に、配線をいじれそうな場所は?

 「う〜〜〜ん、内部ケーブルですから。うっかりコードを傷つけると警報ブザーが作動します。そのスイッチもコントロール室です」

 桑原が、自分の顎をつまむようにさすりながら、見取り図を睨んだ。

 「その前に、気付かれないように建物の中に入らなきゃいけねぇんだろ?

 「だからお手上げだと言ってるんだ」

 すかさずといった感じで、飛影が口を挟んだ。

 「てめーも少しは考えろ!!

 「貴様もな」

 「ケンカすんな、もー」

 「・・・・・・ぼたん、大丈夫なのかな、本当に」

 「た、多分!

 取り繕うように笑うぼたんだが、額をつたう冷や汗までは隠せない。

 「話し戻しますよー。会議室のモニター切り替えの時間を考慮すると、オレ達は五秒でコントロール室の見張りと入れ替わらなければなりません」

 いつもの調子を取り戻してきた蔵馬に促され、一同はハッと意識を切り替えた。

 「ちなみにその五秒のうちにコントロール室に入って、監視カメラが映す画面を録画に切り替えなければならないんですが、見張りさえ倒せば問題ないです。オレがすぐにすまます。」

 「見張りぶったおすだけなら、一秒もありゃ十分なんだけど・・・・・・問題は、その前にどうやって忍び込むか、だろ?

 結局ふりだしにもどってしまい、堂々巡りにハマった幽助が腕を組んで唸った。そんな彼に、蔵馬は何てこと無いと言うように微笑する。

 「それは、桑原君の仕事ですよ」

 「オレ?! もしかして次元刀か?! 待てよおい、どこでもドアじゃねーんだぞ。都合よくあの中に切り込めるか?! それ以前に次元刀だって上手く出せるかどうか・・・・・・」

 「ちょっと待て。奴らが何か話している」

 タイミングを狙ったかのように、飛影が額のバンドを再度はずした。

 「どうやら異次元砲の標的は、皿屋敷市に変更されたらしい。このままだと、数時間後には発射されるようだな」

 「な、何ィーーー?!

 「まぁ敵にしてみれば結界をとく原因、悪の元凶は幽助だろうからな。異次元砲を使えばあの町を中心に半径五十キロ跡形もなく消し飛ぶ」

 淡々と説明する飛影の声は、半分も桑原の耳に到達していればまだいいほうだった。

 愛しい氷女の少女・・・・・・その麗しき姿と鈴のなるような声で、彼の脳内はすでに満杯となっていたのだ。そして。

 「行くぜァ皆の衆!!

 ジャキィ! と持ち主の気合を現すかのような音と共に、きらびやかな光の刀が出現したのだった。

 「大した奴」

 呆れ半分感心半分な幽助の傍らで、小声の会話が交わされていた。

 「ウソも方便ってやつですか」

 「バカとハサミは使いようだ」

 「ね? だから大丈夫って言っただろ」

 「・・・・・・飛影さんって無口だけど、話術うまいのね」

 

 

一方、人間界。時刻は、午後三時を回ろうかという頃。吸い込まれるような紺碧の空に気まぐれに浮かぶ、薄くかすれた雲のコントラストが美しい晴天だ。しかし、その爽やかで透明感さえある空からは、ゴゴゴゴゴ、という不気味な地鳴りにも似たノイズが降ってくるのだ。

 ニュースを聞きかじった誰かが言う。

 「地球の『気』が、乱れてるんだって」

 

同時刻、桑原家のリビングでは、幽助達が審判の門に侵入成功したというぼたんからの電話連絡を鈴木が受けていた。彼は即座に、共に人間界へ移動してきた仲間達や事情を知る数少ない人間達を見渡して、その内容を伝える。

 「どうやって入ったのさ? オイラ達は白狼に潜入させて突破口を開くつもりだったけど、あいつら何やったの?

 「桑原が、次元刀を使ったらしい。ほら、前に聞いただろ? 亜空間の結界や裏男までも切り裂けるって言う、アレだよ」

 「ほう、失敗面もたまには役に立つのだな」

 人間界用に、十代後半の青年らしくシンプルなシャツとジーンズという服装で、身を包んだ死々若丸だが、口調や毒舌はやはりそのままだった。その隣で、静流がくわえ煙草でしみじみと零す。

 「ツラが失敗っていうか、遺伝子の失敗よねー。じゃなけりゃ、あたしがいいトコ取りしすぎたかな」

 「・・・・・・静流さん、そこ同調していいんですか?

 栄吉を膝に置いて苦笑いする螢子に、静流は平然と短く切り返す。

 「別にー」

 「ちょっと静ちゃん、某若手女優みたいなこと言ってないでさぁ、こーいう時こそ景気づけにパーッと盛り上がってガーッと飲まない?

 前夜は金バッヂと宴会だったという温子だが、二日酔いに潰れるどころか三界を巻き込んだ状況を知った事でますますテンションが上り調子である。

 「ダメですよ、この非常時に何言ってんですか! って、温子さんいつの間にかワンカップ酒あけてるし!

 空になったガラスの容器を見つけて、螢子が二重に驚いている。

 「螢子ちゃんってばつれないこと言わないでよ〜。あ、ちょっと酎の旦那、そのひょうたんの中に入ってるやつ、余ってるなら分けて」

 「あぁ? 人間が飲んだら肝臓どころか、五臓六腑が焼け爛れて死んじまうぜ」

 「見くびってもらっちゃ困るわねぇ、酒に対する免疫力だけなら三界でナンバー1!

 「もー! だからダメですってば!!

 とにかくいったん座って、と螢子にたしなめられている温子をじっくり観察しつつ、鈴駒が鈴木に耳打ちした。

 「昔、雷禅が惚れたっていう人間の女の血筋引いてるのって、絶対この人の方だよね」

 「理論上は確率50%なんだろうが、この場合は検証無しでも100%で間違いない」

 そんなやり取りを何とはなしに聞きつつ、のんびり日本茶をすすっている幻海を見やりつつ、死々若丸はこう思った。

 人間界の女は、どいつもこいつもたくましい。

 「それにしても、こっちきてからずっとこの不気味な音がなりやまねぇな」

 酎が庭に面したガラス窓越し、眩しそうに人間界の青空を見上げた。

 「霊界での事件の影響でしょうか」雪菜が不安そうに表情を曇らせる「人間界の方が、魔界よりも向こうに近いですし」

 「そう考えて間違いないでしょうけど、あたしとしちゃもっと嫌な予感がするわね。言葉じゃ上手く説明できないけど」

応えながら、黒呼は妙なものだと心の中で苦笑した。少女時代から妖怪達と戦い、子供達にもそのための技術を仕込んできたというのに、その妖怪達が人間達を守るために現れて、しかも自分達と協力体制をとるとは。

しかも彼らは皆、見た目だけなら人間とほとんど大差ない。特に自分の隣に座る雪菜という少女は、自分の子供達と同世代のように見えるし、鈴駒に居たってはさらに幼い。

 かつて魔界行きを勧めた浦飯幽助は、今でも生活基盤や戸籍が人間界にあり、仕事まで持っているという。てっきり、あのまま魔界に永住するだろうと思っていたのに。だが現在の黒呼はもう、彼と子供達が戦うことになるかもしれない、という恐怖にかられることはなかった。何故そんなことを怖がっていたのか、今では不思議に思うくらいだ。

 「それはそうと鈴木、今の電話で他に何か最新情報はあるかい?

 幻海の声と、湯飲みを置いた音に黒呼は我に返り、すぐに鈴木に注目した。

 「全て予定通りだ。黒鵺は蛇那杜栖廃棄のために、虐鬼の泉に向かってる。陣と凍矢はその援護。官邸含め各所は、万が一異次元砲を発射されたときに備えて避難勧告が出され、主にパトロール隊が中心となって迎撃に備えている」

 そこまで言って、ただ、と鈴木は言葉を区切った。

 「今霊界に、不知火がいないそうだ」

 その補足に、一同は驚いて目を見張った。

 「ここはもちろん、さっきからニュースを見ていても、人間界には特に異常はなさそうだけど・・・・・・今の所はね」

 黒呼の双眸が警戒と闘志を強める。

 「だとするとやはり、邪眼でも届かないような所に隠れているのかもしれんな」

 幻海は予想外の展開に、自分の中の嫌な予感がますます強まっていくのを感じた。それが不知火と結びつくかどうかはともかく、この先悪い方向に状況がひっくり返る可能性は当分捨てきれない。もしかしたら、思っている以上にその可能性が高いのかもしれない。

 改めて気を引き締めたとたん。

 ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

 頭上から、彼らをあざ笑うかのように、不気味な唸り声がふってくる。低く、重く。不吉な終末を暗示するかのごとく。

 

 

 蔵馬が監視TVに流されるモニター映像を、全て録画に切り替え終わり、幽助と桑原は待ってましたとばかりに分厚いガスマスクを脱ぎ捨てた。あの真っ黒なローブを着込んでいた陣の不便さを、少し理解できた気がする。

 四人は次々に、見張りに駆り出されていた正聖神党党員らを、いともたやすく倒して拘束していく。

 党員は戦闘に関してほとんど素人同然だし、幽助達も発揮できる妖力に制限を着けられているとはいえ、党員達はさらに格下だったために作戦は順調に進んだ。発砲の隙さえ与えなかった。

 途中で彼らは二手に分かれ、幽助と蔵馬は離宮に、桑原と飛影は異次元砲が存在する地下格納庫へ向かった。

 「そーいやぁオレ、本家の閻魔大王のツラ直接拝むのって、初めてだな」

 離宮を目指してひた走りながら、幽助が思い出したように呟いた。

 「オレもだよ。実務のほとんどはコエンマの責任下にあるといわれているが、妖怪の犯罪捏造が告発されるまでは、院政を執り行う形で霊界の表面から最深部まで牛耳っていたといわれている」

 「・・・・・・そっか、犯罪捏造・・・・・・。もしかしたら正聖神党以上に、いや霊界で一番妖怪を敵視してるのは、他ならぬ閻魔大王なんじゃねぇの? オレが魔族の子孫だって分かったとたんに抹殺命じやがったくらいだぜ」

 T字路の廊下を左折し、その先に居た見張り役の党員二人組を、自分たちの存在が気付かれる前に昏倒させて、幽助と蔵馬はさらに奥へと進んだ。

 「そうだね、幽助の考えてる通りだと思う。特に、オレ達のように人間界で暮らしてる妖怪達に対しては、なおさらだろう。自分達の領土内を我が物顔で生活してるわけだから」

 くすぶっていた不安が、くっきりと浮きぼられてくるのを感じる。

 輪廻転生待機所を無断で抜け出し、霊界の宝剣を盗みあまつさえ重要機密を漏洩させた黒鵺を、閻魔大王はどう思うだろう。事態が沈静した後で自分達がフォローすれば問題無いとぼたんとひなげしは言っていたものの、息子が直接指名した霊界探偵の抹殺を即決した霊界の長が、はたして案内人の陳情を受け入れてくれるのだろうか。

 「もしもの時は」幽助が真っ直ぐ前を見据えたまま言った「正聖神党より先に、オレが閻魔大王をぶちのめしちまうかも」

 「・・・・・・悪いが、本当にそうなったら、その役目は譲れない」

 見張りを叩き伏せて離宮に飛び込むと、内部にまでは党員が入っておらず、広々とした正面玄関の古風な装飾品も全く荒らされてはいなかった。そこから吹き抜けの奥へと続いている天井の高い広間で、幽助達はようやくコエンマとその父・閻魔大王、そしてジョルジュ早乙女を発見した。

 「何じゃと、消滅の危険を知った上で現世に?!

 救出部隊到着を喜ぶ間も無く、黒鵺の事を聞かされたコエンマは、心底驚いた。

 「確かに、一度裁定の下った死者は、例え輪廻待ちであろうとも器なしで霊界を離れることはできん。だからといって、そこまで無茶な・・・・・・」

 「でも、全部事実だぜ。それも、三界指名手配犯のレッテルまで背負ってな。オレ達もついさっきまで、不知火の手の平で踊らされちまってたんだ」

 尽きること無い悔恨に苛まれ、幽助は爪が食い込むほど拳を握り締めた。かすかにわななくその肩に優しく手を置いて、蔵馬が切実に懇願する。

 「コエンマ、黒鵺は不知火の企みを阻止するためにあえて蛇那杜栖を盗み出し、重要機密を魔界に流しました。だけど、全ては三界全ての安全を守る上で、必要なことだったんです。彼は最悪の危機を抱えながらも、たった一人で行動を起こしてくれた。その結果、オレ達も三界を危険から回避させるために動けるようになった。ここへあなた方を救助しに来られたのも、黒鵺のお陰なんです。だからどうか、彼のやった事の一切合切を、不問に処してくださいませんか」

 そしてどうか、当初の予定通りの輪廻転生を。

 彼が新たな命を得て、もう一度未来へ歩き出せるように。

 「・・・・・・あい、わかった」

 コエンマは後ろ手に手を組んだいつものポーズで、ピンと背筋を伸ばした。

 「蛇那杜栖はもともと廃棄するつもりじゃったし、霊界で発生したテロである以上、防げなかった責任はワシにある。黒鵺の行動には目を瞑るとしよう。いやむしろ、奴に対して感謝せねばならんな」

 「そ、そんなあっさり決めちゃっていいんですかぁ? コエンマ様!

 見るからにジョルジュが焦っている。

 「そもそも、輪廻待ちの死者が待機所を勝手に出ていた事自体が、前代未聞なんですよ」

 「正聖神党のしでかした事に比べれば、可愛いもんじゃろうが。大体これから先、黒鵺の行動によって霊界に不利な状況が起こるとは思えんわい。・・・・・・それで構いませんな? 父上殿」

 広間の上座に据えられた椅子に座る、見上げるほどの巨大な体躯を、コエンマは口調を変え堂々と見上げる。ジョルジュはハッとなったようにひれ伏し、幽助と蔵馬は怯むことなく悠然と見据えた。

 「・・・・・・お前の好きにせい。わしは罷免中の身、死者への対応についてとやかく言える立場ではないのだから」

 「はっ、では、御言葉に甘えて」

 「やった!

 幽助がガッツポーズをとって蔵馬が肩の力を抜きつつ安堵したその時、幽助のポケットの中で、最初にコントーラー室で昏倒させた見張りから無断拝借したトランシーバーから、突然声が上がった。会議室にまだ残っている党員ではなく、桑原だ。そういえばそもそも、自分達の間での緊急連絡用に持ち出したのだった。

 「おう、どうした。こっちは離宮の見張りぶったおして、コエンマ達の無事を確認したばっかだぜ」

 『そっか、そりゃ良かった。ただ、異次元砲についてなんだけどよ・・・・・・操作のためのメインボタンが三つもありやがるんだよ。多分、この内二つはダミーだ。間違って押したらドカンだぜ。しかも解体不可能、自爆しますの注意書き付。ナメてんのか!

 「ってことは、本物のボタン押す以外に、異次元砲解除の方法がねぇって事になるな。・・・・・・知ってるのが不知火だけだとすると、やっぱり奴を見つけねぇと」

 「いや、不知火でなくても党の副総裁なら知っとるはずじゃ」

 コエンマは、自分が知っている正聖神党についての情報と、盗み聞いた見張り達の会話を下に見解を述べる。

 「異次元砲の管理を直接担当しているのは、奴じゃったからの」

 「副総裁・・・・・・つまり、会議室にいるんですね」

 おそらく、不知火に代わって場を取り仕切っているのもそいつだろう、と蔵馬はあたりをつけた。

 「そこに敵が十三人、一人ノルマ三人弱で銃つき人質アリだろ? スキさえあればな」

 桑原との通話を繋いだままで、幽助が考え込んだ。蔵馬はもう一度見取り図を取り出し、そこに描かれた会議室のイラストを指差す。

 「ドアは正面の一つだけ。人質の安全を考えたら奇襲ですね。密かに部屋に隠れて機を伺いましょう」

 「隠れるって、一体どこにどうやってだよ?

 「木を隠すなら森・・・・・・ですよ」

 言って蔵馬は、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。言葉の意味を図りかね、幽助もコエンマも首を傾げたが、後者の方はいち早く気を取り直して入り口に向かって駆け出した。

 「ではジョルジュ、お前は幽助達を手伝うのじゃ。ワシは宝物庫へ魂癒(こんゆ)水晶を探しにいってくる」

 「は? 何を探すって?

 聞き返す幽助の方を振り向く間も惜しみながら、コエンマは慌しく答える。

 「霊体から分離した魂を保護するためには、専用の方術道具が必要なんじゃ! ここ数百年使われておらんし、そうとう奥まった所に保管されておるからの。今から探しに行かないと間に合わん!

 「わかった、とりあえず人質の方は任せろ。オメーも急いでくれよ!              

 

 

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