第四章・心孕む風

 

 

・・・・・・蔵馬と最初に出逢ったあの夜から、まもなくだったっけな。オレが、国を造ろうと決意したのは。

 静まり返った屋根裏部屋の窓辺に寄りかかり、黒鵺は生きていた頃の事を・・・・・・懐かしい友の事を思い出し続ける。

 自分や蔵馬のような、居場所を奪われたり見失ってしまったりして、孤独に苛まれてさまよっている者達が、安心して帰れる国を造りたいと、初めて思った。そこは新たな故郷となり、国民達は新たな同胞となる。そんな国の王になって、今度こそ皆を守ろう、と。その時には、蔵馬が一番近くにいてくれたらいい、と。

 宰相に――王様の次に偉い地位に、将来就いてくれないか、と聞いたら、彼は無邪気に笑って頷いた。だから、あんな青臭い台詞も本心から言えたのだ。

 いつかオレ達の国を造って、一緒にそこへ帰ろう。

 ・・・・・・思い返せば蔵馬には、何度も『お人好し』と呆れられたりからかわれたりしたが、黒鵺がお人好しでいられたのは、自分自身を取り戻せたのは、そして壮大な夢を持てるようになったのは、全て他ならぬ蔵馬のお陰だった。年上の自分の方がずっとリードしてるようでいて、本当は長いこと、彼に救われ続けていたのだ。

 ・・・・・・・・・・・・なのに、オレは。

 ぎしっ

 木材のきしむ音が回想を中断し、黒鵺はぱっと眼を開けて傍らの卓上ランプを点けた。

 「わ、悪ぃ、起こしちまっただか?

 まだランプの届かない影の部分にいたが、その屈託が無い声とぼんやり浮かぶ赤い髪に、黒鵺は口元を緩めた。

 「死者は眠ったりしねぇよ。ちょっと昔を・・・・・生前を思い出してただけだ。んで? 何か用なのか? 陣」

 「んー、ちょっとオメに見せてぇもんがあってな。隣、いいか?

屋根裏部屋には、鈴木の研究所には収容し切れなかった使用済みの実験器具や難しい書物などが、主に置いてある。時折死々若丸や凍矢がその書物を手にとってみたりする以外には、めったに出入りがない。陣も、ここにあがるのは結構久しぶりだった。

 片膝を立てて座っている黒鵺の隣にあぐらをかき、「これこれ」と、ポケットの中から一枚の写真を取り出した。

 「三年前のトーナメントの時、抽選始まる前に集合写真撮ったんだべ。オラ達六人と、幽助と、飛影と、そんで蔵馬」 

 「蔵馬? 今のあいつが?

 「んだ、後列の左から二番目だべ」

 陣から写真を受け取り、そこに留められた過去の断片を凝視した。現世の情報を集めていたといえども限度というものがあり、写真まで入手した事がない。黒鵺が、南野秀一として生活する蔵馬の姿を見るのは、これが初めてだった。

 長く伸ばされた紅の髪も、翡翠のような瞳も、当然顔立ちも、妖狐の頃とは別人のようなのに、何故か酷く懐かしく想えた。

 「へぇ・・・・・・人間の姿も、なかなか似合ってるじゃねぇか。昔より童顔で、タッパ低いけど。人間界には、家族もいるんだったよな」

 「あぁ、確か母ちゃんと、その再婚相手と連れ子な。蔵馬が妖怪だっつー事は知らねぇらしいけんど、仲良くやってるってよ。オラ、弟の方には一回会った事あんだ、人間界の幽助の店さ遊びに行った時。そん時はもちろん角とか隠して人間のフリしたけどな。素直ないい風持ってたべ」

 「そうか。そりゃ良かった。・・・・・・ところで、この端っこでわかりやすくそっぽ向いてんのは、もしかしなくても邪眼師・飛影か? 蔵馬と霊界の三大秘宝盗んだって言う」

 「当たり! 二択とはいえよく分かっただな〜」

 「だってこの額のバンド、明らかに邪眼隠しだろ。ど真ん中のこいつは、一見人間っぽく見えるし」

 「あ、それ幽助。それにしても、飛影さ引き入れんの苦労したべ〜。死々若丸以上に嫌がっててよ、最後はこっちがゴリ押ししたけんど。ちなみに、この時シャッター押してくれたんは、旧雷禅国の北神って奴で」

 「・・・・・・ありがとな」

 「へ?

 唐突に礼を言われて、陣は面食らった。ぱちぱち目をしばたたいていると、黒鵺は写真からいったん顔を上げて陣の頭をわしわしと撫でた。かつて蔵馬にそうしたように。そして、この上なく優しい声でもう一度言った。

 「本当に、ありがとうな」

 「えーっと・・・・・何が? 写真持って来たことだべか?

 「それもあるけど、蔵馬の事。今のこいつ、すげぇいい顔してる。それはきっと、陣達のお陰でもあると思うからさ。あいつにいい仲間ができて、安心した」

 「い、いや〜、改めてそっただ事言われると照れんべ。どっちかってーと、付き合い長ぇのは幽助や飛影の方だしよ」

 「長い短いは大して関係ねぇって。どっちにせよ、世話になってるって事には変わんねぇだろうが」

 「や、逆だべ逆! 世話かけたのも恩があるのも、オラ達の方だべさ」

 とんでもないといわんばかりに、ぶんぶんと首を横に振る陣に、黒鵺は意外そうな顔をした。

 「マジで? そういや、死々若丸もそんなような事、さっき言ってたっけ。ふーん、あの子狐が人様のお世話するようになったか。千年もたつと、やっぱ成長すんだなぁ」

 しみじみと黒鵺が口にした一言の中に、陣は聞き捨てならない単語があると気付いてしまった。何気なさ過ぎて、あやうくそのまま聞き流してしまう所だった程だ。

 「・・・・・・・・・子狐? 誰が?

 ひきつった問いかけに、黒鵺は、何を今更と笑った。

 「蔵馬しかいねぇだろ。オレ、あいつ以上に手のかかる子狐、拾った覚えねぇぞ」

 その瞬間、陣の脳内に、億年樹に咲いた桜よりも、優美で荘厳な花吹雪が舞い踊った。

 そんな、瞬きにも満たない現実逃避からの帰還後、陣はランプ以外に灯りのない暗がりでも分かるほど、顔面蒼白になる。

 「オメ、おっかねぇ事さらっと言うだな! オラ達みんな、口が裂けても蔵馬を子狐呼ばわりなんかできねぇっぺ! 毒みてーな薬草所じゃすまされねぇだよ!!

 「・・・・・・そっか、お前らもあのゲロまじぃ薬湯の犠牲者かよ」

 呆気にとられてから苦笑を一つ零しながら、黒鵺は写真を陣に返そうとした。

 「別に返す必要ねぇだよ、オメにやろうと思って持ってきただ。オラは、焼き増しすればいいからさ」

 「いや、返す。せっかくだけど、オレは持っていけない。写真持ったまま輪廻転生できっこねーじゃん。霊界で正聖神党ぶっ潰したら、そのまま待機所に戻るつもりだし」

 「え?

 またしても聞き捨てならない言葉を聞きとがめ、陣は目を見開いたまま動きを止めた。

 「色々、法律違反やらかした事はバレるだろうけど、事が解決したら大目に見てもらえると思うしな。ぼたんとひなげしも、フォローしてくれるっつってたし」

 「ち、ちょっと待ってけろ」

 陣はあぐらごと全身の向きを黒鵺の方に変え、淡い光に照らされる横顔を見つめた。

 「霊界行ったら、そのまま待機所? オメの計画と合わせて考えっと、そんなんじゃ、蔵馬に会ってる暇がねぇべさ」

 「そりゃそうだ。会うつもり無いんだから」

 簡単ななぞなぞの解答でも言うかのようにあっさり答えて、黒鵺は呆然としている陣の手に写真を返した。自分の手に戻ってきた写真の中の蔵馬と、目の前の黒鵺を見比べて、陣は突き刺されるような痛みを覚えた。

 「なして・・・・・・なして、そげな事言うだ? オメはそもそも、蔵馬を助けたくて危険とか承知で来たんだべ?! せっかく現世さ帰ってきたのに、一目も会わずに霊界に戻っちまうなんて、本当にそれでいいんだか?! そんなん蔵馬だって哀しむべ、あいつも絶対会いたがるはずでねぇのか!!

 まるで我が事のように切実な言葉を紡ぐ陣に、黒鵺は皮肉っぽく口元を歪めて見せた。

 「オレがどんな無様な死に方したか、教えてやろうか。生前オレは、死んだ父親の形見であり、滅ぼされた同胞全部の形見でもあるペンダントを胸に下げていた。ある宮殿に盗みに入って逃げる途中、それを落として慌てて拾いに戻ったんだ。そしたら罠にはまって、上から降ってきた何本もの竹槍で全身串刺しさ」

 いつか建国の夢が叶ったら、国のシンボルにしようと思っていたペンダント。この宝石を国旗に描きいれようとまで考えていた。亡き一族も、新たな国へ連れて帰りたかった。

 「蔵馬を逃がすだけで精一杯だった。罠からの脱出なんか不可能で、オレはそのまま死ぬしかなかったけれど、あいつが生き延びられたんなら上等だと思った。・・・・・・その思い自体は間違って無い自信がある。だけど、オレの死は最悪の裏切りでもあったんだ」

 「裏切り?

 陣にはさっぱり理解できなかった。今の黒鵺の話のどこに、裏切りなんて行為があったというのだろう。

 「自分から盗賊に誘っておいて、デカい夢を持ちかけといて、途中であっさり自滅したんだぞ、裏切り以外のなんだって言うんだよ! オレは、決して一人ぼっちにさせちゃいけない奴を、置き去りにしてくたばったんだぜ。・・・・・・最低だ、本当に」

 感情にぶれ、頼りなく震える声だった。もし器でなく生身の肉体だったなら、もしかして黒鵺は涙していただろうか。

 「それに気付いたのは、地獄に堕ちてからしばらくして、現世の情報を集め始めた頃だった。霊界を間に挟んだ状態だったから、得られる情報量は限られてたけどな。そこでオレは、蔵馬が『極悪非道の盗賊妖怪』だなんて恐れられてる事を、初めて知った」

 最初は、同じ名前の別人かと思ったほど、受け入れがたい現実だった。けれど、すぐに黒鵺は理解する。これは自分が犯した裏切りの結果であり、こうして突きつけられることこそがふさわしい罰なのだと。

 「あいつは警戒心が強い一方で寂しがりでさ、オレ以外の奴にはまず心を開かなかった。それでオレに死なれちまったもんだから、そうでもしなきゃ生き残れなかったんだ、きっと。・・・・・・蔵馬があんな二つ名をつけられたのは、オレのせいだ」

 あぁ、これは懺悔だ。黒鵺はぼんやりと自覚した。千年以上もたって、蔵馬の戦友に打ち明けるだなんて、どういう因果だろう。

 「とどのつまり、合わせる顔がねぇんだよ。勝手にドジ踏んで自爆した元相棒になんざ、今更関わらない方が蔵馬のためだって」

 「そんな事ねぇ!!

 陣は、千切れそうな勢いでぶんぶんと首を横に振り、身を乗り出す。

 「オラが言うのもなんだけど、蔵馬はきっとオメに裏切られたなんて思っちゃいねぇはずだべ。そげな哀しい事考えねぇでけろ」

 「だったらなおのこと、オレと蔵馬は会うべきじゃない」

 「・・・・・・それ、どういう・・・・・・」

 「どっちにせよ、生者と死者はお互いに想いや未練を残しちゃ駄目なんだよ。そもそもオレは、不知火達がトチ狂った真似しなけりゃ、生前情報を全消去して、そのままどっかに転生してるはずだったんだ。それに蔵馬は・・・・・・せっかく、生きてんだから」

 彼には今の人生で、まだまだ未来があるのだから。「過去」の出る幕など、本来はありえなかったのだから。

 「んでも、やっぱりオラには、わかんねぇだ」

 陣は必死で食い下がり、反論する。こうして間近で話していても、黒鵺の心は死後の世界にある。それを引き寄せたかった。他ならぬ、蔵馬の元へ。

 「想いとか未練とか、そんなもん残って当然だべ? そりゃ、そこだけしか見えなくなっちまうのは、ヤバイけんどよ。でもだからって頭ごなしに否定しても、反動くるだけだ。余計会いたくなるもんでねぇのか? 実際今、ってかさっきからずっと、黒鵺の風は蔵馬んトコ行きたがってるべ!!

 あるはずの無い黒鵺の核が高鳴る音が、一瞬聞こえた気がした。

 彼は明らかに図星を指されたように息を飲み、恐る恐る陣を振り向く。結界のようにお互いを取り巻く狭い光の中浮かぶ、ひたむきな空色の瞳に真実を貫かれた事を知って。

 「・・・・・・・・・・・・魔忍ってのは、全くもって聡いよな」

 少しだけ負け惜しみを混ぜて、降参する。陣はさらに勢い込んで、必死に言い募った。

 「会いてぇ気持ちが強ければ強ぇほど、そいつが死んでるとか生きてるとかは、関係無くなるんでねぇか? それに、オラだって・・・・・・!

 「陣! 何してる」

 圧力を含んだ声が飛び込んできた。下ろしっぱなしにしていた階段から、いつの間にか凍矢が上がってきていたのだ。先に答えたのは黒鵺だった。

 「何、お前もまだ起きてたの?

 「突然すまない。ランプの明かりがかすかに漏れていて、話し声も聴こえたからつい気になってな」

 「別にオレは構わねぇけど。凍矢も何か用でもあるとか?

 「いや、大した用は無いんだ。本当に、ただちょっと寄ってみただけだから」

 早口でそこまで言うと、凍矢は陣の二の腕を掴んだ。

 「部屋に戻れ。明日も早いし何より、困難な作戦が控えてるんだ」

 「だども、オラはまだ」

 「いいから来い! あれ以上は黒鵺の迷惑になるだろう!

 いつになく強引な口調と腕を掴む手の平の力に、陣はとうとう諦めて立ち上がった。

 「邪魔しただな、黒鵺。急に来ちまってすまねぇ」

 「そんな事ねぇよ。写真見せてくれて、ありがとな」

 また明日、と軽く手を振り、階段を下りていく陣と凍矢を見送った。

 階段が押し上げられ、ハッチの閉められる音を確認してから、黒鵺は小さく微笑んだ。

  

 

 話がある、と陣を自分の部屋にひっぱりこんだ凍矢は、開口一番、

 「あの後、黒鵺に何を聞こうとしていた?

 端整な面差しに厳しさを滲ませて詰問した。怯みながらも、陣は答える。

 「何って・・・・・・凍矢なら、もう分かってるはずだべ」

 「そうか、じゃあ聞き方を変える。なぜ、聞こうとしていた?

 なぜの部分で語気を強められ、陣は言葉に詰まる。自分が間違っていたとは思わない。だが、凍矢が憤る気持もわかる。それでもやっぱり譲れなかった。

 「知りたかったに決まってるだ! 黒鵺だったら、もしかしたら教えてくれるかもしんねぇ。地獄の事なんてオラはわかんねぇけど、きっと多分、皆同じくらいの階層に」

 「陣!

 もういい、と打ち切り、凍矢は大きく肩を上下させ、額に右手を押し当てた。自身の内にもある、おそらく陣のそれと似たような衝動を抑えるかのように。

 「聞いてどうする。知ってるとも限らないし、黒鵺を困らせるだけだぞ」

 「どうするかなんて、今から考えなくてもいいべ! 理屈なんていらねぇだ、第一、凍矢だって知りたいんでねぇのか? 黒鵺の風が蔵馬に会いたがってんのとおんなじように、凍矢の風だって本当は!

 「やめろ! いちいち勝手に人の風を読むんじゃない! その程度でオレの心全部を把握したような口を聞くな、不愉快だ!!

 つい勢いで声を荒げると、陣は、怒るどころか叱られた子供のような、今にも泣き出しそうな顔で項垂れてしまった。尖った耳が力なくしゅん、と垂れ下がる。

 「・・・・・・・・・そんなつもり、ねぇだよ」

 ぽつり、といつもならありえないくらいの弱々しい声が零れるのを聞いて、凍矢もしまった、と自分の言動を後悔した。

 「いや、その、すまない。オレも言い過ぎた」

 どっと疲労感が押し寄せてきた凍矢は、壁際のベッドまで進んで腰を落とした。スプリングの弾力が静まってから、改めて静かに言葉を紡ぐ。

 「オレは、黒鵺の考えの方がわかるからってだけだ。生者と死者は、お互いに未練を残さない方がいいと、思ったから。それに、中途半端に情報だけ聞いても懐かしむ気持ちが強くなるだけで、結局何も意味なんてないさ」

 己に言い聞かせているかのような言葉の裏に、一抹の寂しさが秘められているのは、風を読まなくても分かった。だけど陣は、返す言葉が見つからない。多分、凍矢と黒鵺の方が客観的に見れば正しいのだ。本来ならば、ありえないことなのだから。

 「陣、お前がどうしても聞きたいと思うのなら、それはもう止めない。だが、オレにその内容を教えようとしないでくれ」

 「・・・・・・んにゃ、もう聞かねぇ」

 「遠慮する事は無いんだぞ、オレとお前の間で、今更」

 「やっぱ、フェアじゃねぇもん。実はさっきオラ一人で黒鵺のトコさ行ったんは、凍矢誘っても絶対反対されることがわかってたからだべ。分かった上でこっそり聞き出そうなんてしたから、バチが当ったんだ。だから、もうやめた」

 凍矢だけに寂しさを抱え込ませるくらいなら、望んだ情報など得られなくてもいい。聞きたい、と願った事さえ忘れよう。

 陣は、吹っ切るように笑って見せる。それでも胸の奥には弱冠の痛みが滲んでいた。

 

 

翌朝。躯からの電話で、何事か話していた鈴木がそれを切った後、リビングに再び集合した一同を振り返った。

 「案の定、要請があった。邪眼映像中継装置を至急各所に設置して欲しいとな。完成したこと自体は報告していたから、これは読んでた通りだ」

 「渡りに船ってやつだな。恩に着るぜ、鈴木。飛影の邪眼封じのために、もともと燦閃玉の偽物を作ってもらうつもりではいたんだが、それ以上にこんなに都合のいいアイテムができていたとは、驚いた」

 それにしても、犯行声明を出す前からこんな要請をしてくるとは。躯は思った以上に用心深そうだ、と黒鵺は思った。生前では魔界の二大勢力の一人だったあの躯を、死んだ後になって三界指名手配犯として翻弄する事になるとは、運命とはつくづく分からない。

「ふっふっふ! 幸運を味方につけるも才能の内!  燦閃玉の効果も、言われた通り四十八時間未満で切れるように調節しておいたぞ。ただ、飛影の回復力と時雨の医療技術を合わせたら、弱冠早まる恐れがあるがな」

 「いや、それは構わない。ってか、それでいい」

 ローブの内ポケットに燦閃玉をしのばせながら、黒鵺は言った。

 「偽物といえども、燦閃玉の光は相当つらいはずだ。せめて治りが早くなきゃ、もうしわけねぇしさ」

 「ところでよぉ、出動命令がきたら、オレ達ゃ当然手分け状態になるだろ? どこに誰が行くのか、今から決めとくべきか?

 TVのチャンネルを回し、どこもかしこも三界指名手配犯・黒鵺を特集した緊急特番なのを、くだらねぇ、と酎は消してしまった。

 「その必要は無いだろう」

答えたのは、壁に寄りかかって立つ死々若丸だった。

「どの道、煙鬼あたりが振り分けるはず。一つ言えるのは、一人ないし二人はほぼ確実に癌陀羅に派遣されるということだ。一応オレ達は黄泉の部下だったからな」

 「あ〜、そういやそんな時期もあったっけ」

 今朝はいつもの空中座禅で、陣がのんきな声を出しながら思い出している。まるで他人事のような言い方に、凍矢は苦笑しつつ安堵していた。昨夜のやり取りが、しこりになってやしないかと、少し不安だったから。

 「今日ってさ、不知火とか言う奴も魔界に来るよね?

 いささか緊張した面持ちで、鈴駒が黒鵺を見上げた。

 「あぁ、確実にな。それもおそらく、蔵馬が派遣される場所にだ」

 忌々しい首謀者の顔を、嫌でも思い出す。

 「不知火サイドが一番警戒してるのは、蔵馬の動きだと思う。昨日も言った通り、奴らは蔵馬とオレの接触を何より恐れてるはずだから。でさ、あいつの派遣先って言ったら、やっぱり一番確率高いのは癌陀羅だと思うか?

 「そう考えて、まず間違いないだろう」凍矢が頷いた「何といっても、癌陀羅の元軍事参謀総長だ。ただ、もし次点があるとしたら、旧雷禅国の線も否めない。あいつが幽助と行動を共にするなら、な」

 「・・・・・・・・・癌陀羅だと助かるんだけどな。こんな風に考えるのは、我ながら情けないんだけどよ」

 絨毯の上にあぐらをかき、黒鵺は苦笑混じりにため息をついた。

 正直、蔵馬を直接前にして「敵」の演技をうまくやる自信が無かった。言玉に撮った犯行声明は、完璧な出来栄えなのに。だが、今更退けないのは覚悟の上。

 意を決して黒鵺は、メッセージと共に袋詰めにした言玉を取り出した。

 「いよいよそれ、魔界不死TVに届けるんだべな?

 陣の表情が僅かに曇る。凍矢もハッとしたように黒鵺を見た。

 あの声明が電波に乗ってしまったら、それが決定打。黒鵺自らが霊界での大罪を認めたと宣言しているあの映像は、蔵馬でもその裏の真実を見破れまい。何せ、『人質』が動かしがたい物証となっている。

 「誰よりも、蔵馬にとって一番キツイ映像になるべさ。しかもあいつ、夕べは幽助と一緒に煙鬼のおっちゃんに呼び出されて、官邸で最初にオメの事聞かされたらしいだよ」

 「・・・・・・だろうな。霊界にとっての諸悪の根源・浦飯幽助と縁が深いんだから」

 分かっている。これから自分がやろうとしていることによって、蔵馬の傷口に塩を塗ってしまうと。ただでさえ彼は、霊界からの情報と黒鵺との間で板挟みなのに。

 「それに旧雷禅国には、絶対確実に幽助が来るべ。あいつはきっと、オメが蔵馬を裏切ったと信じ込んでブチ切れるに違いねぇだよ。もし本当の事知らなかったら、オラもおんなじようになっちまうとこだし」

 「・・・・・・承知の上。それでもオレは、この計画を完遂したい」

 感情を押し殺し、きっぱりと断言した黒鵺に、凍矢も腹を括る事にした。

 「犯行声明を誰がどう届けるか、決めていないのならこいつに任せてくれないか?

 次の瞬間、リビングの気温が急低下した。部屋の中心に冷気が集って白い塊になり、それが徐々に形をなす。

・・・・・・と、

 「呼んだ? 呼んだ?

可愛らしい幼い声が、元気良く転がり出る。パタパタと尻尾を振った純白の狼の子供が、真ん丸い瞳で凍矢を見上げているではないか。

 「?! 何だ、このワンコロ!

 突然現れた子狼に、黒鵺がぎょっとして目をむくと、子狼は不機嫌そうにウ〜と唸った。まるで迫力が無いが。

 「ワンコロじゃない、ワンコロじゃない!

 「落ち着け、白狼。こいつは黒鵺といって、オレ達の仲間だ」

 「白狼? こいつがか?!

 かつてごく僅かな文献で見たものとは、天と地以上の差だ。白狼といえば、黒龍と対を成す極寒を象徴した魔獣。小山程もある巨大な体躯と比類の妖気を誇る、恐るべき狼のはずなのに。

 「もちろん、これは本来の姿じゃない。術者の消費妖力が少量ですむ、子狼形態だ」

 千切れそうな勢いで尻尾をふる白狼を抱き上げ、「ともだちともだち」と甘えられるに任せながら、凍矢は説明した。

 「白狼は黒龍のように、拳法として進化する事は無かったため、完全な召還魔獣としてしか契約できない。だがその代わり、三つの姿を自在に使い分ける」

 僅かな妖力でも気軽に呼び出せる小さな子狼形態は、偵察などの隠密行動に役立つ。白狼の特殊技能には短距離の瞬間移動があるのだが、それは子狼形態でも使用可能なのだ。ただしこの状態だと、性格まで退化する。

 次に、人間界の狼よりも一回り大きいくらいの通常形態。ここからの性格は成人レベルだ。戦闘能力の程度は、邪王炎殺拳でいう所の煉獄焦や炎殺剣に相当する。

 そして、最も巨大で屈強、かつ召還のための妖力もケタ違いなのが完全形態。伝承にはこの完全形態の事が触り程度で記されているだけだったのだ。

 「気配を消す事にも長けているから、言玉を届けるには適任だと思う。信用しろ、必ずオレ達の力になってくれるはずだ」

 「ボクすごい、ボクすごい!

 「っていうか、性格まで変わるなんて器用だよねぇ。死々若丸なんて、小鬼状態でも変わらず毒舌三昧なのにさ」

 「・・・・・・減らず口なお前に言われたくないぞ、鈴駒」

 どうやら、他の六人衆の面々は白狼の持つ三つの姿について、既に知っているらしい。

 「わかった、そいつに任せることにするよ。万が一のため、お前らのアリバイはまだ確保しとくべきだし」

 納得して、黒鵺は言玉とメッセージを入れた袋を手に取ろうとしたが、凍矢に一度止められた。

 「まず、オレが持つ。白狼は術者以外の要望を決して聞き入れない」

 「そういや、生前読んだ文献にも書いてあったな」

 「凍矢と一番付き合い長ぇのに、オラの言うことも絶対きかねぇんだべ。徹底してるっつーか、頑固っつーか」

 もういっそ、感心の域に達してしまった陣が、空中座禅のまま凍矢の腕の中にいる白狼を覗き込んだ。

 「白狼、頼みがある。この袋を魔界不死TVの・・・・・・この地点に置いて来てくれないか」

 言いながら、凍矢は鈴木がハッキングしてプリントアウトし、リビングテーブルに広げられている局内見取り図の印のついた部分を指し示した。

 「絶対に、姿を見られるんじゃないぞ。気配も悟らせるな。それと、青い点を打たれている部分は、防犯カメラの位置だ。この死角に入りながら、目的地を目指せ」

 白狼は、ふんふんと鼻をぴくつかせ、真ん丸い目でくいいるように見取り図を見つめた。時間にして三十秒もたたないうちに、「覚えた覚えた!」と凍矢を見上げる

 「よし、じゃあ頼んだぞ」

 「任せて任せて! できるできる!

 袋をくわえ、ひらりと床に着地すると、

 「いっへひあういっへひあう」

 おそらく、「行って来ます行って来ます」と言ったつもりだったのだろう。瞬間移動で壁を通り抜け、魔界不死TVを目指してまっしぐらに駆け出していった。

 「これで、言玉についての作業は完了したも同然だ」

 「よし。じゃあ話は変わるけど燦閃玉について、一つ注意がある。分かってるとは思うが、オレがこいつを破壊する時、目を保護するタイミングに気をつけろよ。他の連中より早いと怪しまれる、前もって知っていたんじゃないか、と」

 「その場の奴らだけじゃなく、中継装置ごしに各所にも見られてるって事になるもんなぁ。それぞれに勘のいい連中が揃うだろうし」

 酎が腕組みして、考え込むような顔をした。

 「現場・・・・・・つまり旧雷禅国にいる者だけではなく、中継装置を通してその映像を見ている他のメンバーも、用心が必要だな」

 鈴木がもっともらしくつけたし、テーブルの上の見取り図を片付けた。本格的な行動は、白狼が戻ってきて、犯行声明の報道と厳戒態勢がしかれるのを待ち、誰がどこへ派遣されるのか確認してからだ。

その後、白狼が「うまくいった、うまくいった!!」と、意気揚々として帰ってきてから十分としないうちに、緊急ニュースが流れた。犯行声明は全く見事な出来栄えで、その場で見学していた陣と凍矢でさえリアリティをひしひし感じるくらいだった。事の真相と黒鵺の本心を知らなければ、誰だってこの声明を完全に鵜呑みにするに違いない。例え、蔵馬であったとしても。

 「盗賊より、役者の方が向いていたのではないか?

 「生まれ変わったら、目指す事になるかもな」

 死々若丸とそんなやりとりをしつつ、黒鵺は明らかに浮かない顔だった。

 

 

 癌陀羅に派遣される事になったのは、陣と凍矢の二人だった。鈴木と死々若丸は旧雷禅国。鈴駒と酎は大統領官邸だが、警備任務終了後は人間界へ移動し、霊界側捜査員の情報や構成を調べる事となっている。この二人に任されたのは、相手がS級妖怪といえども酔っ払いと子供なら、正聖神党準党員も警戒を緩めるだろうという理由からだった。

 また、人間界調査を請け負った霊界側捜査員は魔界側と比べると、格段に人数が少ないからというのもある。

 ちなみに、総勢三十七人にもなる霊界側捜査員は全員が聖正神党党員だが、この内正規党員なのは特防隊隊員のみで、後の三十三人は入党して日の浅い準党員である。

 特防隊を除く、不知火含め正規党員達は皆、準党員達と連絡を取り合いつつ審判の門を占拠したまま、人質の監視と警備に当っているのだ。

 

陣と凍矢は癌陀羅に到着して早々、蔵馬がもうじき宮殿に着くらしいと黄泉から謁見の間で聞かされた。

 「癌陀羅市内には既に入っている。ものの数分で正門に到着するだろう」

 「えれぇ早いペースだなや。確か今日、人間界でも平日だべ?

 しれっとした口調と装いながらも、陣はもちろんその理由を痛いほど理解していた。

 だが、その内心を黄泉に悟られない自信はある。己の感情を抑えて偽り敵を欺くのは、忍者として基本中の基本。意識さえしていれば、呼吸の乱れや脈拍も調節できる。・・・・・・里を離れて以降は必要なくなり、実際今日までその存在さえ忘れていた本能がまだ生きていたことに、陣と凍矢はそれぞれ胸の内で苦笑いするしかなかった。

 「邪眼映像中継装置は、もう設置がすんだのか?

 「あぁ、鈴木と顔見知りの業者が、各所ほぼ同時に、な。ただ、旧雷禅国に限ってはアンテナ設置のための環境や設備が全く整っていなかった、との事で不可能だったようだが」

 こればっかりは、鈴木も手の打ちようがなかったか、と凍矢は心の中で呟いた。今頃は、彼と死々若丸も着いた頃だろうか。もうしばらくしたら幽助と、緊急協力を申し出てきた桑原も。

 「あぁそれと、先程、霊界側からも連絡があった。不知火殿もこちらに来るそうだ」

 「不知火が?

 陣は思わず聞き返し、黒鵺との会話を思い出しながら続けた。 

 「・・・・・・なぁ黄泉、不知火は蔵馬が黒鵺と手ぇ組むんじゃねぇかって、疑ってんのかな」

 「お前も察したか。今日、躯が本人から直接そんなようなことを聞かされたそうだ」

 父親の傍らに控えていた修羅が、口を挟む。

 「パパはどう思ってるの? 蔵馬が三界指名手配犯なんかに、協力する可能性はある?

 「個人的には、霊界の考えすぎだと見ている。だが、黒鵺という存在は蔵馬が現役で妖狐だった時から、唯一にして最大のアキレス腱だった。おそらく、今も。そこに人間界の家族が加わっただけで」

 実際にはその逆も、また然りなのだが。そこはもちろん口には出さず、陣と凍矢は互いの目線を一瞬交わらせるだけでとどめた。

 そして、確かに霊界の恐れている事態にはならないだろう。本当なら元盗賊同士の二人が再会した所で、実は三界にとっての脅威になどなりはしないし、何より黒鵺は、蔵馬に関わろうとしていないのだから。

 昨夜の、感じ取るこっちの方まで切なさに胸を締め付けられそうな風を思い出し、陣はそれを空中に浮くための風を起こすことで記憶の外へ追いやろうとした。それでもつい、凍矢が纏っていた本音の風まで脳裏に甦ってきてしまう。

 そこへ、妖駄が「失礼します」と現れた。

 「黄泉様。もうお気付きでしょうが、蔵馬殿がお見えになったようです。こちらへご案内いたしましょうか?

 「いや、直接会議室で構わない。我々もすぐに向かう」

 おそらく、今頃黒鵺は旧雷禅国付近に移動して、機会を伺っているはずだ。

 とりあえず、癌陀羅に派遣された分の霊界側捜査員については、人数と名前及び人相を確認し、簡単な名簿も既に携帯のメールで作成済みである。

 今日、陣と凍矢にできる事は殆どすんだも同然だが、それでも言い知れぬ不安と緊張が心の隙間に入り込んでくる。取り出しても取り出してもきりがないくらいに。

 

 

 邪眼映像が映し出された大画面越しに、幽助がショットガンを撃つのを見た瞬間、元魔忍の二人は同時にまずい、と直感した。

 燦閃玉を使うタイミングを殺がれた。おそらく黒鵺としては、今の跳躍の瞬間に使用するつもりだったはず。だが、予想よりさらに幽助の攻撃が早かった。当然、黒鵺は応戦しなくてはならない。

 それは、一番避けたかった事態だった。

 陣は目線こそ画面に向けているものの、隣で蔵馬が纏っている動揺と驚愕を孕んだ風がどんどん強まるのを嫌というほど感じながら、目の眩む光の爆発が早く起こるよう、切に祈った。

 『何で他ならぬテメーが裏切るんだよ! ・・・・・・蔵馬を!!

 画面の中で、幽助が牙を向く勢いで黒鵺を追い詰める。

 違う。と陣も凍矢も心の中で叫んだが、当然届くはずも無い。

 しかもそんな質問をしてしまったら、黒鵺は敵としての演技を重ねざるをえなくなる。

 『関係ねぇな。そこに誰がいようと、例え昔の相棒だろうと、オレはオレの計画を完遂させるだけだ。・・・・・・何を期待したのか知らねぇが、潔く諦めろ。全部』

 『っざけんなあああああああああ!!!

 完全に闘神変化した幽助が、腹の底から怒りをぶちまけんばかりに咆哮する。

 「幽助! ダメだ!!

 こらえきれずに陣は立ち上がり、叫んでいた。とっさに本音が出た行動だが、その真意は気付かれていないようだ。直前に鈴木が蛇那杜栖を理由に、幽助を制止しようとしたからだろう。

 この時、死々若丸が割り込むように上手い事技を放ち、ようやく燦閃玉が黒鵺の手に取られた。

 「うわ・・・・・・!!

 目を守るタイミングは早くも遅くも無く成功したが、想像以上の眩しさに陣と凍矢でさえもすぐには目が開けられなかった。頭伝心で脳に直接映像を送っていた黄泉は、眩しさよりも頭痛が堪えているようだ。

 「あれ、画面が・・・・・?

 目をしょぼしょぼさせながら、修羅が訝しげに呟いた。

 邪眼映像を映していた大画面は、ザーッと砂嵐で埋め尽くされたかと思いきや、ブツンと無機質な音と共に断絶され、真っ暗になってしまったのだ。飛影の邪眼機能麻痺が、黒鵺の狙い通りに成功したということである。

 「さては燦閃玉か、どうやら奴の目的の一つは、邪眼封じだったらしい」

 顔をしかめて頭を抱えつつも、黄泉は冷静に分析した。これを聞いて不知火がバン! と忌々しげにテーブルに手の平を叩きつける。

 「黒鵺捜索の手立てとして、最も心強い能力だというのに・・・・・・! 何とも抜け目のない男です」

 お前が言うか、と凍矢は不知火を睨み付けたいのを我慢して、無言の悪態をついた。ここは演技の一つでもして気を紛らわせようと、呼吸を整える。

 「旧雷禅国の周辺に配備されている魔界側捜査員が、すぐさま捜索に当るだろう。とりあえずオレ達は下手に動かない方がいいと思う。このまましばらく情報を待って・・・・・・」

 「蔵馬がいねぇだ!

 突拍子も無く陣に叫ばれて、ようやく一同はその異変に気がついた。そういえば蔵馬も魔忍に負けず劣らず、気配を絶つのが上手かった。

 「そこを出た廊下を、西に向かって走っている」

 黄泉が冷静に、蔵馬の足音の行方を辿る。

 「階段を降りているが、この方向だとおそらく、二階にある完全防音の部屋へ行こうとしているんだろう」

 「外へ出る気配は、無さそうですか? 何か通信機器を使う様子は?

 「それは無い。少なくとも、貴殿が危惧しているような事態は、今の所はありえないだろう」

 焦燥を滲ませて質問を重ねる不知火に、答える黄泉の内心は計れないが、とりあえず陣と凍矢は苦々しく思っていた。友好の仮面の下に、独善的な本性を隠した真の首謀者を、叶うならばこの場で叩き伏せてしまいたいと思う。

 「・・・・・・ところで、先程の音が聞こえたのはオレだけか?

 話題の向きを変えられて、不知火はもちろんその場の全員が戸惑った。

 「音って、何のこと? パパは何が気になったの?

 まだ少しチカチカするのか、細かい瞬きを重ねながら修羅が質問し返した。

 「うむ、重要事項かどうかまではオレも判別しかねているんだが、黒鵺が浦飯の拳を受け止めた後・・・・・・燦閃玉を割る直前、それ以外に、ガラスか何かがひび割れるような音がかすかに聞こえたんだ」

 「ひび割れ? ボクはそんなの全然聞こえなかったよ。っていうか、ガラスはもちろんひびの入るような物が、燦閃玉の他にあったとは思えないんだけど」

 「そうだな。実はオレも、出所まではわからん。直接その場にいたならともかく、映像越しではさすがに、な」

 陣と凍矢にも、そんな音は当然聞こえなかった。後で黒鵺に確認すれば何か分かるかも、と判断した二人は、とりあえず会議室を出て蔵馬を追うことにした。

 その背後。黄泉と修羅にも気付かれない死角で、不知火が口元にうっすら笑みを浮かべていた事には気づかずに。

 

 

                BACK                                                      INDEX                                              あとがき