第二章・歪んだ革命
霊界史上初の、大胆極まりないクーデターの幕開けは、黒鵺が陣と凍矢の前に姿を現す数時間前に始まった。 今まで息を潜め、秘密裏に活動を続けていた正聖神党党員達が武器を手に取り決起して、審判の門を占拠し始めたのだ。 最初に被害者となったのは、霊界特防隊の中で、党員ではなかった新隊長・瞬潤と翁法、そして草雷。他四名の隊員達に不意打ちで襲撃された彼らは、霊力を封印された状態で地下牢に放り込まれてしまったのだ。 それとほぼ同時に、閻魔大王とコエンマが、審判の門の目と鼻の先にある離宮にやはり霊力を封じられた上で幽閉された。 通常通りそれぞれの仕事に当っていた他の霊界人達が、異変に気がついた時にはもう手遅れだった。何が起こったかさえよく分からぬまま、怒号と銃で脅され、次々と拘束されていく。 広大な審判の門内で、銃声や悲鳴が絶え間なく飛び交う中。ぼたんとひなげしはどうにか上手く落ち合い、人間界へ行こうとしていた。 携帯電話が、つい先ほど党員達によって妨害電磁波を飛ばされた影響で壊れてしまい、全く使い物にならないのだ。直接人間界へ向かう他無かった。一刻も早く幽助達にこの緊急事態を知らせて、人質救助とクーデター阻止のため協力してもらわなくては。 とにかく、審判の門を脱出しないと話にならない。 ひとまずボイラー室に飛び込んで、ごうんごうんと低く唸る大きな機械の下にもぐりこんで身を隠しながら、ひなげしは小声で同じように隠れている友人に声をかけた。 「ねぇぼたん、ジョルジュさんは? あたしも全然会えなかったんだけど」 「多分、コエンマ様が捕まった時に彼も・・・・・・だろうね。仕事の都合上、きっと一緒にいたんだと思うよ」 「そっか・・・・・・それにしても、今更どうして正聖神党がこんな事を?! さっきちらっと総裁だっていう不知火が放送使って怒鳴ってたというか、演説みたいに言ってるのを聞いたんだけど、霊界の体制を古き良き時代に戻し、人間界を浄化し、さらに魔界を完全粛清するだなんて、本気で考えてるわけ?!」 「本気じゃなかったらやらないだろ。閻魔大王様の罷免に制度の激変、しかも魔界の方から紳士協定結んでくるもんだから、殆どの霊界住民はかえって戸惑ったり不安がったりしてたからね。連中にとってこのタイミングは、絶対外せなかったんじゃないかな」 「・・・・・・これから、霊界はどうなっちゃうの?」 「多分、不知火達は閻魔大王様とコエンマ様に、霊界の統治権譲渡を交渉し始めると思うよ。人質の命を盾にとりつつ、審判の門以外の一般霊界人達にはこの事態を隠しつつね。それと、人質の中から自分達に寝返る人が出てくるのも狙ってるのかも」 疲労困憊といった感じで、ぼたんが深いため息をつこうとしたのと同時に、ボイラー室のドアがバン!! と乱暴に蹴破られ、実行部隊メンバーが二人、どかどかと駆け込んできた。 ぼたんは喉の奥まで上りかけていたため息をかみ殺し、ひなげしはひっ、と呼吸を引きつらせてぼたんの着物の袖を掴んだ。 「・・・・・・誰もいないようだな」 「油断するな、一応隅から隅まで調べるぞ」 ガスマスク越しのくぐもった低い声が、二人分。かつかつ、という重なる足音が、不吉なカウントダウンに聞こえた。 床に這いつくばった姿勢でも、入り口のドアが大きく開け放たれているのが見えた。 「ひなげし、あいつらが部屋の一番奥まで行ったら、二人同時に飛び出すよ。いいね?」 「う、うん、わかった。いつまでも隠れてらんないし」 今入ってきた二人以外、実行部隊の通りがかる様子も、聞こえてくる声や物音も無い。どうやら、殆どの霊界人はすでに人質に取られてしまったようだ。逆に言えばチャンスである。他の部隊メンバーの多くは人質の拘束と監視に当っているから、見回りの人数は限られているはず。その隙を突いて脱出すれば、人間界へ行ける。 機械と、その下に隠れたぼたんとひなげしの横を、足音が通過していった。徐々にそれらが足元へ、そのずっと背後へ、移動して・・・・・・ふいに止まった。壁際に到達したのだ。 目配せの合図だけで、ぼたんとひなげしは機械の下から這い出すと、ドアめがけて全力でダッシュした。 「いたぞ!」 追いかけてくる声を背中に聞きながら、彼女達は転がるようにボイラー室を飛び出した。 ドアの横の壁に取り付けられた操作パネルに、ぼたんがつかみかかるようにして手を伸ばし、手早くいくつかのボタンを押す。 勢い余って廊下の壁にぶつかり、しりもちをついたひなげしが顔を上げると、既にドアは完全に閉じられ、中からドアを殴打する音や怒号が空しく響いてくるだけだった。 「暗証番号変えてやったからね、もう内側からも開けられやしないよ」 ぼたんが得意げに笑いながら、ひなげしを助け起こした。 「やったね! 今の内に急がなきゃ」 おそらく彼らが持つトランシーバーで、自分達の事はすぐに知れ渡るだろう。のんびりしている暇など無い。二人は門の出口目指して、さっそく駆け出した。だが。 バシュ!バシュ! ほんの数メートル走ったか走らないかの内に、背後で銃声が弾けた。 閉じ込めたはずの部隊メンバーが、ドアを破壊してしかも蹴り破ったのである。 「嘘! どんだけ乱暴なのさ!」 ぼたんが目を白黒させている間に、男達は銃を構えたまま二人に迫っていた。 「舐めた真似をしてくれる! 我ら正聖神党に仇なす反逆者は、女といえども容赦はせんぞ。覚悟を決めて縛についてもらおうか」 動けなかった。下手に動いたら、ドアの次に銃の標的になるのは、確実に自分達だ。人質が激しく抵抗した場合は、射殺しても構わないといわれている可能性は、極めて高い。 (何が妖怪は悪魔の使いよ。こいつらの方がよっぽど野蛮じゃない) 恐怖に硬直しながらも、ひなげしは胸の内で抗っていた。彼女が実際に知っている妖怪達――蔵馬と飛影――は、冥界の王・耶雲が復活して霊界が洪水に見舞われ、人間界が存亡の危機を迎えた際、解決に尽力してくれたというのに。その後、幽助も魔族として覚醒したと聞いたが、ぼたんから話を聞く限り彼は何も変わっていないようだった。少しも怖いと思わなかった。 偏見と傲慢に満ち溢れ、自分達以外の全てを否定する冷酷な選民意識の下、こんな凶行に暴走した正聖神党こそ、彼女にとっては悪魔そのものである。 「今なら命は助けてやってもいいぞ。さぁ来い!」 血走った目をした悪魔が、にじり寄ってくる。 触れられたくないのに、逃げ出したいのに、ぼたんと身を寄せ合って立ちすくむ以外に何もできない。最高潮まで達した危機感と絶望に、気が遠くなりそうだ。と、そこへ 短い漆黒の追い風が、彼女らの頭上を掠めた。その瞬間。 「ぐあぁ!!」 部隊メンバーの一人が、甲高い悲鳴を上げて壁に激突した。失神したのか、そのままどさりと床に倒れこむ。 「な、何だ貴様!!」 残されたもう一人が銃を構えなおした先。ぼたんとひなげしが、驚きで声も出せないまま凝視している先。明らかに霊界人ではない青年が立っていた。先に吹っ飛ばされた方は、どうやら彼に蹴り飛ばされたものらしい。 「こんないたいけなお嬢ちゃん達に、物騒なモン向けてんじゃねぇよ。神の使いが聞いて呆れるぜ」 飄々としたハスキーボイスの主が、ばさりと蝙蝠のような羽を揺らす。 「妖怪・・・・・・というか、死者か? そんな馬鹿な! 輪廻転生待機所も我らの同志が・・・・・・」 「同志ねぇ。口先ばっかの雑魚なら、ここ来るまでに二、三匹叩きのめしておいたけど? その内の一匹をちょいとシメたら、あらいざらい自分達の計画を吐きやがったぜ」 「! え、えぇい黙れ!! 醜悪な悪鬼が!」 部隊メンバーの男の指に、引き金を引こうと力がこめられる。その刹那、羽を持つ青年は目にも留まらぬ素早さで男の懐に飛び込み、銃身を掴んでぐいっと天井に上向けると同時に、敵のみぞおちへ拳をめりこませた。 押し潰されたような声で呻きながら、そいつは崩れるように床へ倒れた。 「大丈夫か、怪我は?」 青年は昏倒させた敵を一瞥もせず、ぼたんとひなげしを振り返る。 「あ、あぁ、大丈夫、ありがと。それよりあいつら、待機所まで襲ったのかい?」 「まぁな。先にそこで働いてる霊界人を、緊急集合とかいって会議室方面へ誘導させてから、死者ごと待機所を封鎖しようとしたんだ。脱出できたのは、あいにくオレだけ。特防隊員が二人もいたから、奴らに気付かれないようにしなきゃならなくてよ」 ここが現世なら、全員片手で勝てるんだけどな。と、青年は肩をすくめて苦笑した。 どんな死者も霊界にいる間は、A級以上に相当する妖力、あるいは霊力を発揮する事ができない。最初から、そういう次元の世界なのだ。強大な力を持つ死者が地獄行きを不服として暴動を起こしたり、霊界の覇権を狙ったりできないよう、そんな進化を遂げたのでは、という説があることをぼたんとひなげしも当然知っていた。 『ボイラー室前、応答せよ。異常無いか』 部隊の内の一人の胸元から、かすかなノイズ交じりの声が聞こえた。思わず悲鳴を上げかけた案内人の少女二人を、青年は「静かに!」とたしなめ、手早くトランシーバーを探し出し、何食わぬ顔で「異常無し」と答えた。静まり返った廊下にトランシーバーからもれ出る音声がよく響き、それは青年と至近距離にいるぼたんとひなげしの耳にも届いた。 『緊急連絡だ。依然、原因不明だが、妨害プログラムを流されたセキュリティが、後十分で復旧する。監視カメラも同様だ。それと、非常に厄介な事態が起きている。極秘の不可侵結界に封じられていた宝剣・蛇那杜栖が、何者かに奪取された模様。至急、犯人の捜索に当れ!』 「了解」 抑揚の無い声音で必要最低限の返答を返し、すぐに電源を切る。そして青年は、いたずらっぽく笑って見せた。 「なんつってな、実はオレがその犯人なんだけど」 「犯人って・・・・・・蛇那杜栖を盗んだ?!」 「プラス、妨害プログラムもな」 「あああ、あんた何なのさ?! 何ちゅーモン盗んでくれちゃってんの?!」 ひなげしをかばうようにして、顔を引きつらせながら後ずさるぼたんを、青年はまぁまぁ、となだめた。 「オレが蛇那杜栖盗んだのは、連中に妖怪の大量虐殺なんざさせねぇためだよ。知ってるか? 奴らは極秘工場作って、そこで全党員分の蛇那杜栖を生産し、装備させるつもりでいるんだぜ」 ぼたんは、さらに震え上がった。蛇那杜栖はもともと、戦闘向きでない霊界人が超S級妖怪に対抗せんとするために作り出された、いわば最終兵器だ。だが、魔界と紳士協定が結ばれ、閻魔大王はじめ上層部による妖怪の犯罪捏造が明らかになり、コエンマは蛇那杜栖を廃棄するか永久封印するかした方がいいのでは、という考えを示していた。 その裏で、蛇那杜栖を大量生産する技術があみだされていたとは。 「お前ら、一緒に現世へ・・・・・・魔界に来てくれないか。ちなみに、人間界へ続く航路はもう、完全封鎖されちまってるぞ」 「ま、魔界だって?」 「霊界に残ってたら、どこに隠れようと連中に見つかるぜ。責任持ってオレが助けるし守ってやるから、一緒に来い。現世へおりれば、オレの妖力も本来の強さに戻る。そうしたら、全てを解決する糸口だって掴めるんだ!」 ぼたんは迷った。確かに彼は自分達を助けてくれたが、見ず知らずのこの男を本当に信用していいのだろうか? 第一、輪廻待ちの死者を現世に行かせるなんて、永久追放並みの重罪だ。どう決断するべきなのだろう。 「解決の糸口って何なんだい? それにいきなり魔界だなんて、ちっとも話がみえないじゃないか!」 「ここで突っ立ったまま説明してる暇はねぇんだよ! セキュリティーが復旧する前に、三人分の器を作って霊界を脱出しなきゃ手遅れになる! 行きながら話すから!」 青年は切実だ。嘘をついているような雰囲気ではない。だけど。 めまぐるしく思考が右往左往し始めたぼたんの背後から、意を決したようにひなげしが前に進み出る。小柄な彼女はぐっと顔を上げて青年と目線を合わせ、こう尋ねた。 「あなた、本物?!」 真剣そのものな彼女に反し、突拍子も無い質問を投げつけられた黒鵺とはたで聞いているぼたんは、「は?」と間の抜けた声をハモらせた。
「・・・・・・で、その質問の意図は?」 霊界で、ぼたん達が遭遇した時の事を聞いていた凍矢が、途中で口を挟んだ。 「五年位前だったかなぁ。冥界の王・耶雲の配下の一人が、蔵馬さんの過去を読んで黒鵺さんに化けたことがあったのよ。あたし、ほんのちょっとだけどその偽者見てたから、つい思い出しちゃって」 ひなげしはばつが悪そうに答えた。勢い任せの質問だったが、それがきっかけとなって、黒鵺は霊界案内人の少女達が蔵馬の現在の関係者だと初めて知ったのだ。いや、確認したといった方が近い。今まで彼が収集した情報の中で、彼女達の名前だけは把握していたのだから。 そしてひなげし達の方は、数年前に倒されたあの冥界人が、こんなにも早く輪廻転生待機所にいるわけは無いし、地獄を脱走する事はもっとありえないと思い直し、蔵馬と旧知の仲だという彼を信頼するに至ったのである。 「しかし失礼千万な野郎だぜ。蔵馬に正体見破られてぶっ殺されたらしいが、正に自業自得ってやつ?」 マント着用時は腰に下げていた前半部分のみの帽子のようなものを、黒鵺は指に引っ掛けてくるくると弄び、ぱさりと膝の上に落とした。 「ちなみに、その後何とか器作ったはいいものの、時間ねーわ追い詰められるわで、魔界直通のワープ航路に入る時、着地場所の設定ができなくてよ。着いてみたらだだっぴろい荒野の真ん中で、しかも前後左右の遥か彼方に地平線が見えるときた」 その上千年ぶりの魔界は地形も地図も塗り替えられている。黒鵺の記憶は役に立たず、第何層にいるのか把握するだけでも一苦労だった。荒野を抜け、地方都市・腑胴を確認した時にはすでに、魔界に到着して三時間以上も経過していたのである。 「念のため、ぼたんとひなげしをここに隠れさせてから、世間の様子を見に行ってみて正解だったぜ。あれだけ迅速にしかも派手に情報操作されたら、今から覆すのは不可能だ」 不知火に先手を打たれた。彼は、黒鵺に全ての罪をかぶせる事で魔界を味方につけ、腕の立つ妖怪達に黒鵺を捕えさせ、蛇那杜栖を奪い返そうと考えているに違いない。その後で、彼は処罰と称して消されるだろう。ぼたんとひなげしも無事ではすまない。今度は不知火側の人質にされるか、悪くて口封じに殺されるかだ。黒鵺に殺害されたと偽った上で。 もしも魔界側が先に二人を救助し、彼女達の口から真相を聞かされたとしても、不知火達は全否定するだろう。その時も黒鵺のせいにすればいいのである。恐怖で記憶や思考が混乱しているとか、犯人に洗脳されてしまったのだ、とか。むしろすでに、その可能性を魔界側に示唆している違いない。 「なしてだ? 今すぐ出るトコ出てって、本当の事全部ぶちまけりゃいいべ! オメさはなーんも悪い事してねぇんだからよ。オラ達も一緒に行けば、絶対に信用してもらえるだ」 「あのな、霊界が魔界へのテロを企んでて、しかもそれを隠蔽するために、魔界全土をかついでるなんて事がバレてみろ。下手すりゃ霊界と全面戦争だぞ。きっと今の魔界にだって、血の気の多いアンチ霊界派は多いぜ。第一、審判の門には大勢の人質がいるんだから、そいつらに危険が及ぶ可能性がある行動は絶対に取れない」 「そんだったら!」陣はまだ諦められないようだ「ニュースとかにゃ乗らねぇように、蔵馬や幽助達にだけ教えるべ。絶対協力してくれるだぞ、本当は霊界で何があったか、オラ達の耳に入ったこと正聖神党に知られねぇようにさ」 「それも無理。オレが蔵馬に接触して真相を教えるってのは、不知火達が一番恐れてる事態だ。あいつや大統領、それに浦飯幽助とかの周辺を、本人達にゃバレないように、盗聴及び盗撮ぐらいやると思うぜ。ってかきっと、もう始めてるだろうな」 そうして黒鵺が蔵馬達に近付こうとする動きを察知したなら、正聖神党は即座に魔界側と連携を取り、彼に総攻撃を仕掛けてくるだろう。現世に下りて、妖力も本来の強大なものに戻りはしたが、大統領夫妻はじめ、雷禅の旧友らにもし複数で来られたら、とてもじゃないが太刀打ちできるとは思えない。 「だから、お前ら六人衆に目をつけさせてもらったのさ」 「・・・・・・つまり?」 「人質その他の見張りに人材を割いてる正聖神党は、蔵馬や浦飯達の監視で精一杯。あいつらと縁があって、なおかつ連中がチェックを甘くせざるをえない協力者が、どうしても必要になったんだよ。クーデターやテロをぶっ潰して、もちろん人質も全員救助して、何もかも完全解決させるために」 大胆不敵な、しかも自信たっぷりの微笑に、凍矢は息を呑んだ。この男には、別の意味で緊張を強いられそうだ。もし本当に敵に回っていたなら、厄介どころの話ではすまない。 「そんな事が、可能なのか? そこまでの大団円に辿り着けるとでも?」 「できる。三界まとめて助けられる計画があるんだ。その完遂には、必ずオレが導いてやる。少なくともこっちは、お前らの事信用してるぜ。蔵馬達を裏切りそうに無いってこと、自分で確認しといたしな」 先程の、挑発するような言動の目的は、そこにあったのだ。 ぼたんが、正座して揃えた膝の上で、ぎゅっと拳を握り締める。 「それに、正聖神党は亜空間の巨大結界を解除する元凶となった幽助とその仲間、戦友達を、特に逆恨みしたり危険視したりしてるんだよ。トーナメント開催初日を狙って異次元砲を撃とうとしてる、そもそもの目的は、彼らを優先的に抹消するため。つまり、あんた達もそのリストに入ってるってわけさ」 「冗談じゃねぇべ!! この三年間、トーナメントみすえて修行してきたってのによ! 今回は幽助と戦いてぇだけじゃなく、痩傑にも雪辱晴らさなきゃなんねぇのに、一方的に消されてたまっか!!」 「そうだろそうだろ、だから黒鵺に協力しとくれよ〜。このまま正聖神党の思い通りにさせてたら、魔界統一トーナメントどころか、魔界の歴史そのものが消えちまうかもしれないんだからさ!」 「おう、わかっただ! 酎も鈴駒も鈴木も死々若丸も、それ言ったら協力するはずだべ。オラも黒鵺の風さ気に入ったし、力でも何でもかしちゃるだぞ! どーんと任せとけ!!」 ぼたんにまで拝まれ、陣は張り切って胸を張り、にーっと牙を見せて笑った。真相は、伝え聞いた情報よりもさらに混迷していたが、綺麗さっぱり己が風で吹き飛ばしてやろうと、やる気満々だ。 「そいつぁ頼もしい」黒鵺も安堵する「で? 凍矢の方は?」 「・・・・・・オレも陣と同意見だ。ただお前、食えない策士かと思ったが、結構分かりやすいというか、読みやすい側面もあるんだな」 含みを持たせた言葉に黒鵺が面食らうと、凍矢はふっと表情を緩めた。 「冷静に思い返してみれば、オレ達の前に出てきた最初の行動は、無謀という他無い。もし、オレと陣が人質の事を構わず、お前を攻撃していたらどうするつもりだったんだ? 蛇那杜栖は誰にも使わせないために盗んだんだろう? ということは、当然自分でも使わないつもりだな。一人で霊界から逃げず、戦闘に不得手な彼女達を連れて匿うような奴が振るうにしては、あの武器の真髄は残酷すぎる」 「えーっと、それは・・・・・・」 「だが逆に言えば、そこまで危険を冒してでも、お前は計画のためにオレ達の協力を仰がなきゃならなかった、って事になる。正聖神党の抹消リストには、当然、蔵馬の名前もあるはずだからな」 陣が、納得したように「あ」と声を上げた。 そうだ。何故もっと早く気付かなかったのだろう。黒鵺が三界を敵に回してまでここいる理由なんて、一つしか・・・・・・いや、『一人』しかいないではないか。 「忍ってのは本当敏いよなぁ。・・・・・・そうだよ、オレが動いてる理由なんて、しょせん個人的なモンでしかないのさ。親友が・・・・・・蔵馬が暮らす世界や、生きてく未来を守りたいからってだけだ。それでも、協力してくれるか?」 照れくさそうに頭をかく黒鵺は、千年前に命を落としたとは思えないほど、脈々と温かな血が巡っているかのように見える。 「なーんだぁ、最初から正直にそう言ってりゃあ、もっと早く信じてやったのによ」 「お前も凍矢も警戒心剥き出しだっただろうが!」 現金な陣の言葉につい噛み付く黒鵺。 そんな彼を、ひなげしが酷く心配そうに見つめていた。
霊界人二人を匿って欲しいという突然の要望にもかかわらず、流石は快く引き受けてくれた。あんな洞窟に閉じ込めておくわけにはいかない、駆け込み寺に心当たりはないかと黒鵺に相談された時、陣と凍矢の脳裏に同時に浮かんだ該当者が彼女だった 「同居してた友達が、急に実家に帰っちゃって寂しいなぁって思ってた所だったの。まだ新しい引越し先は見つかってないし、むしろ歓迎するわよ。そ・れ・に、あたしが鈴駒くんの頼みを断るわけ無いじゃな〜い」 リビングでコーヒーを出され、すっかりくつろいでいた鈴駒の背後から、流石はぎゅうっと抱きついた。瞬間的に顔中真っ赤になった鈴駒は、もう一歩でコーヒーをカップごと落としそうになったが、寸前でどうにかとどまる。 「ありがとね、流石ちゃん。お陰で助かったよ。いや〜、やっぱ持つべきものは、優しい上に勇気もある彼女だよねぇ」 「やっだーもう、おだてたって何もでないわよ」 出会った当初は鈴駒の方が流石を追いかけているように見えたが、熱烈なアプローチを繰り返されるうち、彼女がほだされてしまったらしい。今では、人間界風に表現すると「バカップル」としか言いようの無い二人である。周囲は当てられっぱなしだが、酎だけは妙に自信をつけているようだった。 「・・・・・・やっぱり、鈴駒と一緒に来て正解だったか」 皮肉半分呆れ半分で凍矢が呟くその隣では、陣が全く気にしないままコーヒーに角砂糖を追加している。 「隅におけねぇな、お二人さん」 そこへ、流石の部屋の隣に位置した角部屋にあたる空き室にも、定位置式の妖気遮断結界を張った黒鵺が、ベランダから戻ってきた。しかも、ぼたんとひなげしの霊気と術者である彼自身の妖気のみに作用するよう細工した特別製である。 「二部屋分の結界、これで張り終わったぜ。もし事情を知らない連中や、正聖神党か魔界側の捜査員がここに来るようなことがあったら、すぐにぼたんとひなげしを隣に逃がしてくれよ」 ちょうどいい予備の隠れ部屋があって良かったと、黒鵺はカーペットに腰を下ろした。 「それはいいんだけど、貴方・・・・・・黒鵺さんは、本当にお茶しなくていいの? コーヒーでも紅茶でもジュースでも、何でもあるから、遠慮することなんかないのに」 相変わらず鈴駒に抱きついた姿勢のまま、流石は首をかしげた。 「遠慮とかじゃなくて、その必要がねぇの。死者は飲み食いなんかできねぇし、その欲求自体が枯れきってんだよ」 「せっかく現世さ帰ってきたのに、それじゃつまんねぇだな。・・・・・・や、今はンな事言ってる場合じゃねぇってわかってっけどよ」 甘ったるいコーヒーを一気に飲み干して、陣は自分の事のように言った。 「いやいや、色々と進歩した魔界を見物するだけでも面白いぜ。人間界にもちょっと興味あったんだけど、そこまでは無理だろうな」 「なしてだ? 見にいきゃあいいべ、全部解決した後。霊界戻る前に時間作ってさ、蔵馬に案内してもらえばいいだ。そん時はオラも誘ってくれよ、トーナメント直前の小休止にもなるべ」 「陣、気がはやりすぎだ」 「凍矢も鈴駒も皆で行かねぇか? ここしばらく人間界ってご無沙汰だったしよ」 「いいね〜、オイラもそろそろ人間界のゲーセン行きたい! 流石ちゃんもどう?」 「行く行く! どうせゲーセンなら、UFOキャッチャーでリラックマのぬいぐるみゲットして〜。あれ今、魔界でも人気なのよ!」 「頼むから、全員落ち着け! というか話を聞け!」 これからどんどん厳しくなるだろう現状を、つい忘れてしまうくらいのほのぼのとしたやり取りを見て、黒鵺はつい吹き出しながらも首を横に振ろうとした。 「マジ無理なんだって、オレは事がすんだら・・・・・・」 「ふぃ〜、やぁっと落とせた〜」 タオルに顔を埋めたまま、ぼたんが洗面所から現れた。 「あんな本格的な特殊メイクだなんて・・・・・・。気のせいじゃなく、絶対顔が重かったわ」 ぷはっと水中から浮上するかのような息を吐いて、ひなげしもぼたんの後ろについて出てきた。実は、最初に洞窟に呼び出されたのは、鈴駒だけじゃなく鈴木も一緒だった。 流石の住居に移動する際、万が一他の妖怪に見られたときのために、ぼたんとひなげしがそうとバレないよう、カツラと派手な化粧で変装させるため、その筋のプロに頼もうということになったのである。 おそらく、魔界屈指といっても過言ではないほど手先が器用な鈴木は、信じられないくらいの短時間で二人を別人のように仕立て上げた。が、少々張り切りすぎたのか、当初の予定より数段濃い化粧が施されてしまったのだ。 暗黒武術界でピエロに扮した状態の方が、まだ可愛いものだったと、凍矢がしみじみ語るのは後の話。 「お疲れ様、やっぱり素顔の方が可愛いじゃない」 彼女達を自分が匿う事にして正解だったと、流石はこっそり実感する。そもそも鈴駒達が自分に協力を求めてきたのは、彼らの所が男六人の大所帯のため、二人の霊界人女性達が気遣われたためだったのだ。それが幸いした。こんなに可愛い女の子達を、必要以上に鈴駒に近づけることにならなくて、個人的に安心したのである。 「っと、その鈴木から電話だべ、噂をすれば何とやらってな。・・・・・・うん、わかっただ。んじゃ、そろそろ戻るベ」 ぱちんと携帯を閉じると、陣は椅子を引きながらながら黒鵺に言った。 「オメのリクエスト通りの闇アイテムが、あいつの倉庫にあったみてぇだ。一から作る必要ねぇってさ」 「そりゃ良かった、これで時間が短縮できる。明日からさっそく作戦決行だぜ、よろしく頼むぞ」 「・・・・・・ねぇ、黒鵺さん、本当にあんな映像を魔界に流しちゃっていいの?」 ひなげしの表情が、急に曇る。 「あれじゃあ、完全に黒鵺さんが悪者じゃない。蔵馬さんだって不知火達の嘘情報を信じざるをえなくなっちゃうわよ」 「そのためにやるんだって、情報操作を覆せないなら、あえて乗っかった方がやりやすい。それに、敵をだますにはまず味方からって言うだろ? 特に蔵馬は勘が鋭いし、生半可な映像じゃ悟られちまうよ」 三界指名手配犯というレッテルを、黒鵺は逆に利用する事を考えた。悪役を演じ、ぼたんとひなげしには人質を演じさせ、それに乗じて自分の要求を通すつもりなのだ。そしてそれが、彼の言う計画の第一段階である。 黒鵺が食料と一緒に盗んできた言玉に、その偽映像を録画したのだが、それは鈴駒と鈴木が洞窟にやってくるまでの間に録ったものである。なので、実は現場には陣と凍矢も立ち会っていたのだ。その凍矢が、椅子から立ち上がりながら問いかけた。 「それより、官邸及び各所のセキュリティーを解除させて何をする気なんだ? お前の計画としてはまだ序盤らしいが、そこから先どう展開させるつもりなのか、そろそろ教えてくれてもいいと思うが」 全部一度に話していたら長くなるからと、第一段階以降の説明は省略されていた。 「第二段階含めその先は、六人全員集った所で話すよ。案内してくれ」 立ち上がりマントを羽織る黒鵺に、ぼたんが驚いたように声をかける 「あんた、もう行くの? また移動式の結界はる気かい? ここ来るまでにも、三人分だったっていうのに」 「あれって妖気の消費量が多いんでしょ? もう少しここで休憩した方が・・・・・・」 ひなげしも慌てて駆け寄り、マントの裾を引っ張って止めようとした。 「大丈夫、心配すんなよ。そんな遠距離ってわけでもないし、どってことねぇから」 左右の手を同時に使って彼女達の頭を撫でてやると、黒鵺はフードを被って玄関に向かい歩き出した。 凍矢と鈴駒が先に立ち、陣は黒鵺の後に続きながら、ちらりとひなげしを振り返る。 ぼたんもそうだが、彼女からの方がより強く感じた。黒鵺の身を案じる風が。それが何だか哀しそうで少々気になったのだが、確かめる事はできなかった。
癌陀羅を迂回し、六人衆邸に到着したのはそれから約四十分後のことだった。 「そのナントカ党って奴ら、いい度胸してやがんじゃねぇか。ヤバイ喧嘩ほど買う価値があるってもんだぜ」 ぐびりと喉を鳴らして一升瓶から酒を嚥下し、酎はソファに寄りかかりながら不適に笑ってみせた。 その斜め前で安楽椅子に深く腰を下ろした死々若丸が、無愛想全開で口を開く。 「協力してやらんでもない。蔵馬には借りがあるからな、そろそろこっちから恩を売る時かもしれん」 「死々若、もうちょっと素直に承諾しろ」 苦笑いしながら、鈴木は黒鵺から頼まれていたものを手渡した。 「このローブが、そうなのか?」 「あぁ、名付けて闇アイテム『間者の守護法衣』。袖と裾に施されているこの金糸の刺繍は、単なる飾りじゃないぞ。妖気を悟られないようにする妖術の呪文なんだ。しかも暗号化された古代文字だから、めったに読める奴はいないだろう。ローブに効力があることを悟られはしないはずだ」 「ありがとよ、これでいちいち移動式の妖気遮断結界を張る手間が、ようやっと省ける」 自身にはっていた結界を解き、黒鵺は早速そのローブをフードをしない状態で着込んだ。 「唯一の欠点は、妖気を外に漏らさないのと同時に、外界の空気も通さない所だな。通気性だけみれば、魔界最悪といっていいかもしれないんだが」 「や、オレは気にしないぜ。着心地は悪くない」 襟元をちょっと正して全体を見下ろし、黒鵺は真顔に戻って六人衆に視線をめぐらせた。 かつては一国の王とならんがため、名盗賊として魔界を暗躍し、絶命してからは千年もの長きにわたり地獄を乗り切った男の目だ。 「とりあえず、一回くらい実物みせとくか。開け、我が内部結界!」 凛とした声で胸元に瑠璃色の渦を現出させた黒鵺は、そこから軽々と青銀の刃をきらめかせる大剣を取り出した。 「それが、蛇那杜栖?」 部屋の照明を反射させるそれを、鈴駒はソファの背もたれ越しから、酎の肩によじ登り眩しそうに見上げた。 「あぁ、霊界が誇ると同時に恐れてもいる宝剣だ。でもな、この剣の原材料は滅骸石っていって、魔界産の鉱石らしいぜ」 「という事は・・・・・・連中は魔界の材料で、オレ達妖怪をも消す武器を作ったという事か。フン、なかなか面白い発想だ」 腕組みしたまま蛇那杜栖を睨みつけ、死々若丸は皮肉たっぷりに吐き捨てる。 「滅骸石自体は鉱脈を掘りつくされて久しいようだが、こいつに関する文献だったらまだ現存してるはずだ。オレが魔界に来た最大の目的は、そこにある」 「んん〜〜、考えてもわかんねぇだ。もったいぶらずに早く教えてけろ!」 空中座禅でくるくる回転しつつ唸った陣が、真っ先に痺れを切らした。 「まだもったいぶるって程じゃないと思うんだが・・・・・・まぁいいか。つまり、その文献の中に滅骸石に関する詳細、もちろん弱点もきっと書いてあるはずだろ? 廃棄させる方法だって分かるかもしれない。それを突き止めるためってわけさ」 「だが、何千年も前に途絶えた石らしいじゃないか。そううまく記録を探れるとは、とてもじゃないが考えられない」 第一、人質救出の事を考えると、自分達は短期決戦で望むべきだ。滅骸石の調査に割いている時間などあるのだろうか。 凍矢の疑問と不安を予期していたかのように、黒鵺は大丈夫だとうなずいた。 「文献のありかは、見当がついてる。ずばり、旧雷禅国だ」 「マジで?!」鈴駒が飛び上がる「それで言玉に、セキュリティー外せって言ったんだ。でも、それじゃあ官邸とか癌陀羅は何のために?」 「他の場所は、単なるカムフラージュ。オレがどこに侵入したがってるのか、特定させないためだよ。本命は、旧雷禅国の宝物庫ただひとつ。そこに保管されている古文書の中に、必ず滅骸石についての詳しい記述があるはずだ。大昔、あの辺には滅骸石の最大鉱脈があったらしいから」 「それにしても、ずいぶん詳しいな」鈴木が感嘆する「正聖神党の企みを知ったのは今日なんだろう? 滅骸石やその資料の保管場所の事を、そんな短時間で調べたのか?」 「いや、今言ったのは、コエンマの下調べをさらにオレが無断拝見した結果」 「・・・・・・無断?」 「輪廻転生待機所が襲撃された後、セキュリティーシステムに妨害プログラム流してから蛇那杜栖を盗んで、こいつを使用不可能にするにはどうしたらいいかと思って、コエンマの仕事部屋に侵入したんだ。あいつが蛇那杜栖廃棄を考えてる事自体はすでに公表されてたから、未公表の情報も絶対あるはずだと確信してな。そしたら見事にビンゴだったんだよ」 ちなみに確認後すぐ、黒鵺は滅骸石についての情報を記した極秘書類を処分した。正聖神党にこれを見つけられ、自分の行動が予測されることを避けるためだ。 「・・・・・・・・・新たに疑問が沸いたんだが、そもそも、セキュリティ妨害だなんてどうしてできたんだ? 霊界の秩序や治安なんぞ知らんが、輪廻を控えた死者が気軽にうろつけるような所なのか? 大体、トップシークレットだった蛇那杜栖の保管場所を、どうして知っていた?」 「実はさ〜、オレが待機所に入ったのって大体半月くらい前なんだけど、地獄での刺激に慣れてたオレとしてはこれがもう、退屈で退屈で!」 鈴木の質問攻めを気にしないどころか、まぁ聞いてくれよと黒鵺は語り始めた。 「手始めにコンピューターの使い方やプログラム作成方法とか独学で覚えて、ほぼ毎日待機所のコンピュータールームに侵入して、審判の門にあるホストコンピューターにハッキングしてた。地獄にいた時同様、霊界や現世の情報引き出して暇潰してたんだよ。最重要機密とか盗み見るの面白かったな〜。今なら審判の門見取り図・完全版も書けるぞ。蛇那杜栖の保管場所について知ったのも、その過程だったんだよな、元はといえば。現役で盗賊やってたら、蛇那杜栖以外にもどんだけ盗んでたか、自分でもわかんねぇや」 「ちなみにそれ、霊界の法律としては・・・・・・」 つい口を挟んだ凍矢に、黒鵺は豪胆な笑顔をみせた。 「そりゃー、違反に決まってんだろ。ってか、死者でしかも妖怪のオレに、霊界のルール守れって方が無理!」 「がははははははは! 気に入ったぜ、こいつ。一杯酌み交わせないのが残念だ!」 ふんぞり返って大笑いする酎に、「お前絶対、一杯程度なんかじゃすまないだろ」と鈴駒が冷静にツッコミを入れた。 「そろそろ話し戻すぜ。滅骸石の廃棄法か永久封印法を見つけたら、当然それを実行するべきなんだけど、その前に、霊界の戦力を大幅に割いておく必要がある」 蛇那杜栖を内部結界に戻し、黒鵺はその場の空気をがらりと切り替えた。 「言玉でオレの『犯行声明』が魔界に流された後、指定された全箇所に霊界側捜査員と魔界側捜査員が派遣されるに違いない。お前らには、霊界側の方の顔ぶれをそれぞれチェックしておいて欲しいんだ。その後、この内・・・・・・そうだな、せいぜい二人でいい。人間界に行って、そっちに派遣されてる霊界側捜査員の確認も頼む。定時連絡とか何とか適当なこと言って、さりげなく正聖神党党員の情報も入手しといてくれ。特に、不知火と特防隊員のやつな」 魔界側の捜査員に六人衆が組み込まれるだろうことは確実だ。先ほどの最新ニュースで、煙鬼の緊急演説が流された。人間保護のパトロール要員達は、今回の件解決に積極的に協力するようにと。だからといって、一度に六人ものS級妖怪が人間界へ行くと、正聖神党に警戒される恐れがある。 「そうしたら、ここからが佳境だ。六人衆は全員失踪して、連中にあえて疑わせる。このタイミングなら、オレに協力してると思われるかもしれない。それが狙いだ」 「なしてわざわざそげな事するだ? 色々ヤバイんでねぇのか? 魔界側も当然、オラ達を追跡しようとするベ」 「そうくるといよいよ、不知火は人間界に派遣した霊界側捜査員も、魔界に召集しなきゃならなくなる。緊急事態だからな。そこまでやんなきゃ、大統領達から今度は自分があやしまれるだろ」 まだ黒鵺の言わんとするところが見えず、陣は再び顔をしかめて考え込んだが、さっぱり理解できなかった。 「つまりこれは、霊界側捜査員を一箇所に集めて、一網打尽にするためだよ。現世でなら、圧倒的にオレ達の方が強い。特防隊さえ赤ん坊同然だ」 「霊界側の編成を把握しておく必要があるのも、そのためか」 死々若丸が納得ついでに確認し始めた。 「捜査員を捕えた際、間違いなく全員いるのかどうか、完璧に確認しなくてはならないからだな」 「そういうこと! 中でも特防隊は、一人でも捕まえ損ねるわけにいかねぇ。んで、その後はとうとう蛇那杜栖廃棄の実行。さらに仕上げは」 ここで黒鵺は言葉を区切り、一呼吸分置いて力強い声で言った。 「霊界突入! 向こうにいる正聖神党をぶったおして、人質を助け出すんだ。特防隊以外の霊界人は、戦闘に関しちゃ素人に毛の生えた程度だから、それ自体は難しいことじゃない。そこまでやって、ようやく解決さ」 まだ色々細かい箇所はあるが、それはその都度説明する、と黒鵺は締めくくった。そこで、質問、と鈴駒が手を上げる。 「ということはつまり、途中から、オイラ達は三界指名手配犯の共犯者役になるって事?」 「あぁ、といっても最終段階のほんの一時だよ。うまくその段階が進んだら、魔界側にタイミングを見計らって、ネタ晴らししても問題ない。あ、オレからもう一つ確認、魔界と霊界の間での通信をシャットアウトする方法ってあるか?」 「それなら、オレができる」 鈴木が自信たっぷりに、自らを親指で指し示した。 「これでも、魔界の通信システムの開発者だからな。それくらいの事朝飯前だ」 「じゃあ、後々頼む。とりあえず今日の所はここまでだ。明日の分は、また改めてミーティングってことで。朝んなったら、また来るからな」 と、きびすを返し、玄関へ向かおうとした黒鵺に、酎が驚いて声をかけた。 「おいおい、お前さんどこ行く気だ?」 「どこって、最初にいた洞窟に戻るんだよ。明日、犯行声明出すまでなら安全だ。今夜はそこで夜明かしする」 「潜伏するなら、ウチでもいいじゃねぇか。その方が便利だろうし、六人が七人に増えたって大してかわんねぇしよ。・・・・・・っと、空き部屋はねぇか」 「せいぜい、屋根裏くらいだよ。だからってあそこじゃなぁ〜。いっそ、このままリビング使う?」 落ち着かないかもしれないけど、という鈴駒の提案に黒鵺はちょっと考えてから、 「確かに、オレ携帯とか持ってねぇから、この家に隠れさせてもらった方が都合いいかもな。食費光熱費その他は一切かからないし、そっちさえ良ければ魔界にいる間だけでも置いてくれないか? でも場所は屋根裏の方で十分だよ。ここはまだマークされてないにしても、人目につく可能性がさらに低い所へ隠れるに越した事ない」 彼の申し出に、異を唱える者はいなかった。その方が何かと合理的なのは、火を見るより明らかだったから。 「屋根裏へ行くには、二階廊下の一番奥の天井にある、ハッチを開けるんだ。そうすれば、収納式階段を下ろせるよ」 鈴駒が案内に立ち、黒鵺と一緒にまずは二階への階段を上がっていった。それを見送って、死々若丸がふと誰にともなしにこう言った。 「食費光熱費無用。死者だから、水分も養分も必要無いという事か。闘神雷禅にとっては、地獄はかえって快適な場所なのかもしれんな」 「どういう事だ?」 言葉の意味を図りかね、鈴木が聞き返す。 「雷禅は、食を絶った末に餓死したという話だったな。だが、死んでしまえばその欲求自体が無くなる。しかも老いてから死後の世界へ行った場合、肉体や能力がピークの状態に若返ると、幻海から聞いたことがある。つまり今、地獄にいるだろう雷禅は全盛期の妖力に戻り、飢餓に苦しむ事もなくなったと考えられるではないか」 面白そうに自分の想像を語る死々若丸に、鈴木と酎が次々に食いついた。 「あ〜、なるほど、確かにそれはありうる! どの程度の深さの地獄かは知らないが、雷禅にとってはぬるい環境だろうし、実は地獄ライフをエンジョイしてたりして」 「今頃、魔界統一できなかった代わりに、地獄統一でも始めてんじゃねぇの? いずれオレ達がお陀仏する頃には、地獄が雷禅の天下になってるかもな・・・・・・お、そしたら奴とケンカするチャンスがあるか?」 手持ちの酒を飲み干して、さてもう一本、と台所に立とうとした酎は、空中に浮いていたはずの陣がいつのまにか床に座り込み、一点をみつめて何か考え込んでいるのに気がついた。 「何だどうした、珍しくシリアスなツラしやがって。明日への景気づけと気合入れに、オメーも一杯やるか?」 「ふぇ? い、いや、酒はやめとくだ。黒鵺が泊まりこむなら、朝一でミーティングかもしんねぇし、オラもう、部屋さ戻るべ」 「おいおいつれねぇな〜、夜はまだこれからだろうがよ」 「酔っ払いと一緒にしねぇで欲しいだ。戻るったら戻るんだべ、また明日な」 そそくさと立ち上がり、陣は階段を駆け上がっていってしまった。どこか不安定なその足音を聞きながら、凍矢は言の葉に乗せる事無く呟いた。
今頃地獄で、か・・・・・・。 |