第三章・光との邂逅

 

 

 四強吹雪がそれぞれの息子達を連れ、人間界へと旅立ったのは、任務を下されて三日後の事だった。氷属性の妖力だけでなく、さまざまな妖術に通じている雹針が張った、不可視と妖気遮断を兼ねた里の結界の出入り口まで画魔に見送られた二組の親子は、まず雹針に交渉を持ちかけたという、人間界の陰陽師の召還に応えて次元を超えた。

 彼らの助力を求めているという藩の領地内、鍾乳洞の奥にぽっかり開いた空洞に、次元の裂け目が開いていて、陰陽師はそこを利用して閃達を呼び寄せたのである。

 地下水の染み出た地底に、陣が「つめて!」と小さな悲鳴を上げ、次にキョロキョロと辺りを見回す。逆に凍矢はその澄んだ地下水に積極的に手を触れてみた。陣には冷たすぎたようだが、氷属性の彼にとっては心地のいい水温だった。そして魔界の水より遥かに清々しい手触りにこそ驚いた。思わず、といった感じに呟く。

 「やっぱりここは、魔界とは全然違う次元の世界なんだ・・・・・・」

陰陽師とその弟子達が用意した明かりに照らされているものの、ここは気温が低くて暗い。だが、空気の感触が魔界と全く違う。澱んだ瘴気が一切無い。

 忍び装束ではなく、半妖が共存するといえども人間界の村に馴染みやすいよう、私服用の着物を身にまとった彼らに、そっと歩み寄る人影が逢った。

 「まずは、我が主君の命に応じてくださった事、感謝いたします」

 ぼうっとした明かりに照らされた陰陽師は背が高く、意外にも若い女性だった。

 「あなた方が拠点とされる、人間と半妖達の村の位置は、もうご存知の事と思われます。我らがご案内するより、風使い殿達の力で飛んでいかれた方が早いかと思いますが、それで差し支えはございませぬか?

 「おう、大丈夫だべ」

 あっさり応える閃の声が、鍾乳洞に跳ね返って散らばるように響いた。

 「では、この洞穴の出口までのご案内といたしましょう」

 冴え冴えとした、静謐な空間を歩きながら、陰陽師からさらに任務の詳細を聞いた。

 敵対する藩によって集められた妖怪軍団は、おそらくどこか特別な場所に集められ、待機しているらしいとの事だった。霊界による監視の目が厳しくなり始めた事は、一部の人間達も知るところとなっているので、それを避けるためだろうと女陰陽師は付け加えた。

 大勢の戦士達を集めておくのだから、すでに本格的な要塞をこしらえている可能性があるが、それがどこにあるのか、今何人集められているのか、そしてどういった能力や属性を持っているのかが、皆目見当つかない、と。

 「属性の種類は不明のままでもさして問題ありませんが、やはり要塞の位置と人数は把握せねばなりませんね」

 魅霜が確認するように言うと、飛鳥はその華奢な肩を軽く叩いて笑ってみせる。

 「そんな真面目な顔しなくても大丈夫だべ。いつもと仕事内容はかわんねぇだよ。まぁ、人間界でこなすのは初めてだから、勝手は違うだろうけど」

 「かーちゃん達も、人間界さ来るの初めてだか?

 凍矢の手を引きながら、両親達の後ろを歩く陣が唐突に尋ねてきた。

 「もちろんだべ。話に聞いた事は何度かあるんだけどな」

 「今回のように、利害関係の一致で妖怪と人間が手を組む事は、珍しい事例ではないそうだ。ただ、その規模が大きすぎるというくらいか」

 涼矢が補足するのを聞きながら、閃がうんうんと頷いた。

 「こっちの戦争も大変だべな。人間が妖怪軍団雇うだなんて、オラ達からすれば無謀や無茶としかいえねぇべ。そこまでしてでも勝たなきゃいけねぇなんてよ」

 理由は、もう一つあるけどな。と、閃は無言で付け足した。他の三人も見当がついているだろうそれを。

 おそらく、こんな無謀をできる機会がこれで最初で最後だろうからだ。霊界による人間界の管理と支配がこの先強まることを考えると、今の内に決行するしかない。人間界は魔界と違って、霊界に対抗する力がまだまだ弱いらしいから、その前に諸刃の剣となる覚悟で、極端な切り札を出さざるをえなくなったのだろう。

 「あ・・・・・・父上、母上、あれはもしかして出口ですか?

 凍矢が指差した先。まだ遠くにぽつんと佇むような白い光が見えた。目を凝らすと、それは割れ目のように縦長で、外気が滲み出ているかのような気配も感じられる気がした。

 「やっと外さ出られんのけ! おーっしゃ、さっさと行くだぞ凍矢!

 洞窟内の薄暗さにうんざりしかけていた陣は、嬉々として凍矢の手を引きながら、足場の悪さもものともせずに光の裂け目に向かって全力疾走を始めた。

 「二人とも気をつけて、転ばないようにするのですよ」

 「は、はい母上! おい陣、急に引っ張るな!

 魅霜と凍矢の声には構わず、陣はさらに走る速度を上げていく。光の裂け目は、近付けば近付くほど明るさを増して、しかも熱を孕んでいる。その中へ、思い切り飛び込むようにして陣と凍矢は洞窟を出た。

 「うっわ・・・・・・!

 想像以上の眩しさに驚いて、二人はとっさに目を閉じ手をかざす。形があるはずもないのに、まるで光の壁にぶち当たったかのように立ち止まった。ややして、恐る恐るゆっくり目を開けてみる。人間界の爽やかな風が、少年達の頬を撫でて通り過ぎていった。

 二人が飛び出した洞窟の入り口は、山すそを見下ろすくらいの高度に位置していた。ちょうど台風の目のように森がぽっかりと開けていて、他の山々の連なりや紺碧の青空はもちろん、これから向かうであろう人間と半妖の村まで一望できる。深く萌える緑色の山肌と、触れられそうに鮮やかで、それでいて遠く澄み渡った空。そして切れ切れに浮かぶ純白の雲。魔界では全く見られない色彩に視界を埋め尽くされて、陣も凍矢もその光景の美しさに圧倒されるがまま立ち尽くしていた。

 「すんげぇな・・・・・・!

 陣が思わず感嘆の息を漏らした。

 「風も空も、全部綺麗だべ! 思いっきり飛べたら気持ちいいだろうな〜」

 「あぁ、確かに凄い。人間界の光は想像以上だ。それに、あの・・・・・・」

 もう一度手をかざしながら、凍矢は空を見上げた。

 「空の真ん中で、強くてあったかい光を放ってる、あれは何だ? やたら眩しくて、まっすぐ見られない」

 「あれは、太陽です。人間界の万物を等しく照らす、天からの恩恵の一つですよ」

 陰陽師の声にハッと二人は我に返る。いつの間にか、陰陽師たちはもちろん両親達も洞窟を出ていた。

 「まったく、陣は本当に慌てもんだべなぁ。そんなトコまでとーちゃんに似なくてもいいのに」

 仕方無さそうに苦笑を零す母に、へへ、とごまかしてから、それでも陣は興奮を抑えられぬままはしゃいだ。

 「とーちゃん、かーちゃん! 人間界ってすげぇべな! こんなきれーな光、魔界じゃどこにも見当んねぇべ!!

 瞳をキラキラさせる息子をひょいっと肩車して、閃も改めて眼下の光景を眩しそうに眺めた。

 「そうだな。話にゃ聞いてたけど、まさかこれ程とは思わなかったべ。とーちゃんもべっくらこいただよ」

 「ひゃっほー! ますます高いベー!!

 「あ、おい! とーちゃんの頭の上で騒ぐでねぇ! いたたた!

 さらに見晴らしのいい目線に、ますます興奮で頬を上気させる陣と、喜びついでに多少頭をはたかれても息子を下ろす気のなさそうな閃を一瞬見上げ、凍矢は再び遥か下の大地に広がる村を見下ろす。

 「父上、あそこに見える村が、オレ達がお世話になる村ですか?

 凍矢が指差す先、視界の遥か下方に、山々の間にひっそりと佇むように在る小さな集落を確認して、涼矢は頷く。

 「あぁ、洞窟から近いと聞いていたし、間違いない。閃、飛鳥、そろそろ飛行準備を・・・・・・」

 拠点となる村へ急ごうと促しかけた涼矢の着物の袖を、つい、と魅霜が軽く引いた。

 「あなた、その前に・・・・・・」

 そう言って、魅霜はいったん凍矢に目線を移し、再び夫に戻す。それだけで涼矢は理解し、微笑んだ。

 「そうだったな、失念していた。凍矢もより高く正確な視点で、人間界を見てみるといい」

 言うなりしゃがみこんで、涼矢も自分の息子を肩車して立ち上がる。思いかげなく視線が上方修正され、凍矢は驚く以上に嬉しかった。肩車してもらえた陣を羨んだ自分に、母が気付いてくれたこと。そしてその母が言わんとする事を父が即座に察してくれたこと。

 「閃に比べると低いが、悪く思うなよ」

 「まさか! 十分高いです。ありがとうございます」

 傍らでは、陣がまだ下りようとさえしていない。

 「本当にすっげぇだな〜。とーちゃんとかーちゃん、こんな綺麗な空と風ん中飛べんのけ。オラ、魔界の空よりこーいう空の方飛んでみてぇだ。人間界いる内に、オラもここの空さ好きなだけ飛べるようになるんかな」

 「そうさなぁ・・・・・・人間界の風は、魔界より大人しい分扱いやすそうだし、子供が飛行練習するにはむしろこっちの方が向いてるかもしんねぇべ」

 風向きやその風力を読みながら、飛鳥はさらに続けた。

 「長期滞在になりそうだし、もしかしたらここにいる間に、陣も長時間飛行できるようになるんでねぇの?

 「ほ、本当だか、かーちゃん?! オラもずーっといっぱい、飛べるようになんのけ? 飛んでてもいいんけ?

 「ちゃんと練習して、上手く風使えるようになったらな」

 「するする! オラがんばるだ!

 「陣! だからとーちゃんの頭はたくでねぇって!

 さらに上機嫌になった息子からの追加攻撃に、閃は情けない顔で悲鳴を上げる。一同からついつい笑みが零れる。

 任務で来たという事をついつい忘れてしまいそうになるほど、二組の親子は皆、穏やかで安らかな心持ちになっていた。『四強吹雪』の武勇伝を知る者達がこの光景だけ見たら、きっと彼らが魔忍だとは夢にも思うまい。

 

 

 村長の母屋、縁側に面した客室に、閃達は寝泊りすることになった。一家族につき一部屋なので合計二部屋与えられたのだが、それぞれの部屋を仕切っているのが襖だけなので、陣が畳みの上をパタパタと走りつつさっさと全開にし、実質上一部屋状態と化してしまった。

 「だって、ここ開いてる方が皆一緒にいられるべさ。部屋もでっかい方が楽しいしよ。凍矢とどっか遊びに行くにも、この方が誘いやすいべ!

 まあ、部屋が一続きになった所で不都合などあるはずもなく、陣の要望はあっさり叶えられることとなった。

 ちなみに、村の住民の中で彼らが任務を果たすために遠征してきた、魔界忍者の最強精鋭とその息子達だと知るのは、村長のみ。六人は表向きには、一般妖怪親子の人間界旅行という事にしている。

 そして彼らのために、直々にお茶とお茶菓子を用意してくれた当の村長は、この村に客人、しかも魔界から生粋の妖怪が来たのが珍しく、同時に嬉しいのか、上機嫌でこんなことを話し始めた。

 「皆様、この次期に人間界のこの地域に来なさるとは運がいい。きっと、流星群を拝めましょう」

 「りゅうせいぐん?

 凍矢の鸚鵡返しに、村長は頷き返して説明を続けた。

 「もうじき、三十年に一度といわれる流星群の夜が来ますでのう。魔界では昼も夜も暗雲が空にたちこめとりますが、人間界では夜になると、夜空に数え切れないほどの小さな光の粒が散らばっておりましてな、それらが一斉に延々と、まるで降ってくるように空を流れていくんですわ。ワシは半妖な上に元々人間界育ちなもんで、何度も見ておりますが、毎回時間を忘れるほど美しゅうて美しゅうて・・・・・・その度、人間界に生まれて良かったと、本気で感謝しとります。この先何度見ても、飽きる事はないでしょうな。」

 「人間界は、夜でも明るいのですか!

 凄いな、と凍矢が感激する横で、陣もらんらんと双眸を輝かせた。

 「オラ、その流星群さ見てみてぇだ! 星って言うのがどんなんかも知りたいし、光の粒が降ってくるだなんて魔界じゃ絶対見らんねぇだよ」

 「じゃあ、そん時までにここでの任務終らせてから、全員揃って流星群見物するべ。そんくれぇの休暇とってもバチはあたんねぇべさ」

 閃が同意を求めるように飛鳥、魅霜、涼矢を見回す。

 「そっだなー、人間界での動向もそれにどれくらいの期間かかろうと、ある程度は里長も構いやしねぇと思うし」

 「最近、家族の時間が減っていましたものね。魔界に戻ったらいずれ、戦争任務も下るでしょうし、ここにいられる内に少しでも水入らずの時間を設けましょう。ねぇあなた?

 「・・・・・・・・・異議はない。どうせ、今回の任務自体が特例尽くしなんだ。ちょっとした休暇など、大した事はあるまいて」

 普段なら、四人の中で最も真面目で規律にうるさい涼矢だが、今日は珍しくあっさりと横に並んだ。

 本当に、自分の嫁と息子には甘い奴だと、飛鳥と閃は互いの顔を見合わせて笑いをこらえた。そこへ、村長が付け加える。

 「ちなみに、流星群が最も美しく見られる時間はほとんど明け方近くですぞ。お子さん達は起きていられますかな?

 「へっちゃらだべ! オラも凍矢も夜更かしは慣れっこだもんな」

 「そげなこと、胸張って言うでねぇ!

 母に小突かれて、陣はへへ、と小さな牙を見せて笑った。

 「ところで村長さんよ」と、閃が新たな話題を持ち出す「最近、この村に変わったことさねぇだか? オラ達以外に別の種族・・・・・・例えば霊界人とかで、よそ者見かけたとか」

 村長は、はて? と首をかしげて思考を巡らしたようだが、答えは出なかったようだ。首を横に振って応える。

 「長いことこの村で暮らしとりますが、霊界人にお目にかかった事はありませんなぁ。ですが、東の山を越えたところにある城下町には、霊界人が密かに人間に混ざって暮らしている、という噂を小耳に挟んだことがありますよ。理由までは分かりませんがね」

 その理由がなんなのか、四強吹雪には即座に見当がついた。

 おそらくその霊界人達は、この村の半妖達のように人間達と共存して生活することが目的ではない。閻魔大王から何らかの――人間界を霊界の領土として保つため――指令を受けて、次元を超えて任務遂行のため動いているのだ。ちょうど、今の自分達のように。

この村が霊界人の気配を感じたことさえないのは、半妖達が本当に純粋に人間達と共生しているだけで、人間界を支配しようなどという野望と無縁だから、ひとまず放置されているのだろう。それに目の前にいる村長始め、半妖達のほとんどは大した戦闘能力を持ってはいない。霊界にとって脅威にならないと判断されたと見える。

 それじゃ、これにて、と村長が立ち去った後、四強吹雪の面々は誰からともなく目線を交し合った。

 「陣、凍矢、かーちゃん達は任務の話さしなきゃなんねぇから、ちっとその辺で遊んでくるといいべ。村はずれに綺麗な川流れてるって言うから、行ってきたらどうだ? 今なら、村の子供達と一緒に遊べるだぞ」

 飛鳥の言葉を聞いて、陣は素直に大喜びで「行ってくるだべー!」と、返事も聞かずに凍矢の手を引っ張って縁側から飛び出していった。小さな後ろ姿二つを見送って、飛鳥は引き締まった面持ちで仲間達を振り返る。

 「どうすっだ? 霊界の事も里長に調べとけって言われてただけど、妖怪軍団と比べてどっちを優先すべきだべ?

 飛鳥が口火を切った。先程村長が話した東の山を越えた先の城下町の藩主こそ、彼女達を召還した陰陽師を雇っている本人である。妖怪軍団を抱える藩の方は、もっと遠くいくつも野山と谷を越えた向こう(閃と飛鳥ならひとっ飛びだろうが)だ。しかし、軍団の要塞がその近くにあるとは限らない。

 「先に、依頼主達と敵対しているという藩の方から、あたってみましょうか?」魅霜が提案する「距離だけで言えば、東の城下町の方が近い分余裕もあります。ですが要塞の方は現時点ではそのありかさえ不明のままです」

 「いや・・・・・・もしかしたら、城下町の霊界人を調べた方が、むしろ一石二鳥かもしれん」

 新たな考えを示したのは、涼矢だ。

 「あの女陰陽師の話では、妖怪軍団の召還を決めた藩主が、そいつらのための要塞を作ったらしいのは、霊界からの監視を逃れるため、だったな。つまり、霊界側も軍団や要塞の事を既にと言うか、実際に警戒しているということだ。人間界に近い分、奴らはオレ達の知らない情報も握っているだろう」

 「ほー、つまり、霊界の人間界干渉度と一緒に、妖怪軍団の事までつかめるかもしんねぇって事か!

 要領を得た閃が、手の平に勢い良くパンッと拳を打ちつける。

 「そりゃ手っ取り早くていいだなぁ。思ったより時間食わずに遂行できっぞ。そしたら、浮いた時間使って本当に人間界旅行すんべ! いくら里長でも、人間界でのオラ達の動向までわかんねぇべさ」

 「閃、来た初日から気を緩ませるな。というか、いい加減落ち着いて座れ」

 「ほぇ? さっきからずーっと座ってるべ?

 「空中じゃなく、こっちの座布団にだ!

 「えー」

 「えーとか言わない!

 実はこの部屋に通された直後から、空中座禅でぷかぷか浮いていた閃が、子供のように口を尖らせた。

 こういう時、普段なら涼矢と一緒になって閃をいさめるか、それこそ耳を引っ張ってしかりつけるはずの飛鳥だが、この癖の時には何故か何も言わない。魅霜が、ふとその疑問を口にする。

 「飛鳥、かねてから聞こうと思っていたのですけど、閃の時と場所を考えない空中座禅が、あなたは気にならないのですか?(ちなみに、彼女は最初から気に止めていない)

 「んー? オラはもう諦めただべ。だども涼矢は粘り強ぇからなー、どこまで根比べ続くのか、見てるほうが面白いべさ」

 結局の所は似たもの夫婦。飛鳥も根は閃に負けないくらいの楽天家だ。それを思い出して、魅霜はくすくすと笑った。

 

 

 

「あの四強吹雪が、人間界でそんな大掛かりな任務をこなしていたとは、初耳だ!

 鈴木が目を白黒させて驚いた。

 魔界忍者は元々、その内側の情報が全くといっていいほど漏洩しないことでも有名である。したがって、歴史在る組織の割りには魔界史にほとんどその詳細が記されていない。四強吹雪は有名なのでその武勇伝が語り継がれているが、実はそれも氷山の一角に過ぎないといわれている。

 実際には、歴史に残ると色々不都合が起こるような極秘任務を、密かに担うことも多かったのだ。

 「霊界を相手にしていたからな。魔界側からの調査が入った事を連中に気付かれるのは得策じゃなかったから、里長が記録に残らないようもみ消したんだと思う」

 凍矢がここまで言った時、鈴駒がぱっと弾かれたように駆け出した。

「流石ちゃーん! お待たせー!!

 次元の裂け目の入り口に立つ恋人に、鈴駒は両手をぶんぶん振って呼びかけながら走っていく。その背中に酎が「あんのマセガキ」と毒づいたのだが、聞こえていないのか聞き流したのか、鈴駒は振り返りもしない。

「しかし聞いている限り、お前達二人とも、わかりやすく父親似だな。写真や似顔絵なんぞなくても、閃と涼矢がどんな風貌だったのか容易に想像がつく」

 死々若丸にとっては、四強吹雪の武勇伝は既に伝説のように遠い存在だったのだが、今夜陣と凍矢から話を聞いて急に在りし日の彼らが身近に感じられるようになった。

 「へへ、今並んだら、親子ってより兄弟みたく見えっかもな」

 髪の色以外は、正に閃の生き写しのような陣が、牙を見せて笑う。

 「そっれにしても、初めての人間界って楽しかったけど、同時にどえらい目にもあったよな〜」

 「あぁ、今もなお記憶に生々しい」

 「何だ何だ? その先まだ何か展開があったのかよ?

 酎の問いかけに、凍矢が「まぁな」と答えようとした時、ひゅううっと小さな冷気が渦を巻いた。

 「ボクも聞きたい! ボクも聞きたい!

 純白の幼い狼が、甘えるように凍矢の胸に飛び込んだ。陣が目を丸くする。

 「白狼?! オメ、相変わらず登場が急過ぎだべ。っつーかこのまま、流星群見物にオメまでついてくる気だか?

 「当然当然、ボクも行くボクも行く!

 駄々をこねるような契約魔獣に、優しい苦笑いを一つ零して、凍矢は改めて抱き直してやった。

 「そうだな、オレの行くところなら、どこでもお前が現れておかしくない。昔話だって聞かせてやるさ」

 嬉しそうにワン! と一声なく子狼に、ここだけ見てると本当にただのワンコロなんだけどな、とこっそり心の中だけで呟きつつ、酎は先を促した。

 「んで? 人間界デビュー秘話のその後は何があったんだよ」

 「えっとー、最初の数日は何事も無くて、とーちゃん達の任務も順調だったんだべ。合間合間でオラ達も遊んでもらえただし、本当に旅行気分だったんだけどよ・・・・・・」

 陣が続きを再開し始める。そんな彼らに、流石と次元の裂け目入り口で待つ鈴駒が、焦れたように「早く早く!」と手招きしていた。

 

この裂け目を越えた先には、人間界の夜空が広がっている。あの夜、両親達と見上げたのと同じく、無数の星々が光り輝きながら流れていく夜空が。

 ・・・・・・両親達と一緒に観た、最初で最後の流星群が。

 

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