「圏外になってるーーー!!

 携帯を開いたとたん、まるでこの世の終わりであるかのような悲鳴を上げて、流石は今にも泣き出しそうな顔をした。

 「ちょっともー、ありえない!! ただでさえここからいつ出られるかわかんないのに! ねぇ黒鵺さん、今すぐ電波の届く結界にはりかえて!

 「無茶言うな、ねぇよそんなもん。大体ここは地下なんだから、圏外で当たり前だろうが」

 ぼんやりと、薄い瑠璃色に発光する、自分自身が張った結界の壁に寄りかかって、黒鵺は首を横に振って見せる。流石としてもその返答はまあまあ予想の範囲内だったが、それでも落胆は止められない。

 「ううう、せめて鈴駒くんの声が聞きたい・・・・・・。それが駄目ならラブメール欲しい〜〜!

 一定時間以上、鈴駒とコミュニケーションがとれないと禁断症状でも出るのか、流石は圏外の携帯を握り締めたままその場にへたり込み、ぐずぐずと涙ぐんだり何やら独り言を呟き続けたり、どことなく目線がおかしなことになってたり、し始めた。

 「色ボケというより、末期ねこれは」

 もう慣れたけど、と棗がため息一つ。ついでに、ぐるりと改めて周囲を見渡してみる。

 黒鵺がとっさに張ってくれた巨大な守護結界の内側には、自分の班のメンバーと、隅っこにはついさっき叩きのめして拘束したテロリスト集団。自爆装置を稼動させてしまったリーダー格はじめ、全員が身動き取れない状態で昏睡し続けている。

 

 時を遡る事、約一時間前。黒鵺達の班は、77戦士の任務としてここを訪れた。盗掘され尽くした上に寂れ果てた、魔界第8層の古代地下神殿を改造して、密かに地下基地を構えていたテロ組織摘発のためだった。

 黄泉直属の癌陀羅諜報部のお陰もあって、基地自体はすぐ見つかったし、敵の軍勢も彼らの妖力の前には赤子も同然だった。しかし、予定よりあっさり任務完了かとおもいきや、組織のリーダーが逆上ついでに基地の自爆装置を稼動させてしまったのである。

 まず、はるか頭上(つまりは地表)付近でくぐもった爆発音が響き、かと思うと次から次へ、基地内の壁や柱にビシビシと亀裂が走り鳴動し、唸りを上げて崩れ始めたのだ。

 すんでのところで、黒鵺が張った巨大な守護結界のおかげで基地の下敷きこそ免れたが、現在彼らは一種の生き埋め状態と言うわけだ。携帯電話は役に立たないため、百足はもちろん、諜報機関がある癌陀羅、他の77戦士とも連絡が取れない。とはいえ、このまま彼らが任務完了報告のために百足に戻らなければ、そう遅くならない内に救助がくるだろう。

 「なぁ、やっぱりさっさと結界破って地上に戻らねぇか? オレ達だったら、こんな地下基地自体ふっ飛ばせるし、それくらいじゃ大したダメージになんねぇだろ」

 九浄がコンコン、と結界の壁を拳で小突きながら言ったが、黒鵺はまたしてもかぶりを振る。

 「何言ってんだよ、それやったらオレらはともかく、このテロリスト共が巻き添えでおだぶつだろうが。それやったら班員全員が大幅減給だぜ」

  現在、人間界や霊界といった別次元への侵略派や、トーナメント反対派などからなるテロリストは、大小さまざまな規模で魔界全土を暗躍している。またそれ以外でも、躯を倒し直接政権奪取を狙う身の程知らずも多い。そういった輩の内財力を持つ者はこれと目をつけたテロリストに援助して、スポンサーとなっているケースが最近増えてきている。

 また、テロリストのチーム同士が同盟を組んで戦力を増加させていたりもするので、そういった黒幕や横の繋がりを炙りだすためにも、77戦士にはテロリストの生け捕りが原則として義務付けられていた。

 「あぁわかっている。わかっているさ! しかしだな、オレにはあと一時間以内に以上に脱出しなければならない使命があるんだ!

 黒鵺はおや、と首をかしげた。どういうわけだか九浄に余裕が無い。見るからに焦っている。

 「何、お前さん個人で何か大統領命令でも受けてんの?

 「違う! それよりもっともっともっと重要だ! 一時間以内に地上に出て家に帰らねば・・・・・・小兎ちゃん司会の『クイズ・ラブリーモンスター』に間に合わ」

 最後まで言い切る直前、九浄の後頭部に棗の回し蹴りが炸裂した。

 「何を言い出すかと思えば、あんたって奴は・・・・・・! 黒鵺、あんたも何か一撃やっときなさい。私が許す!

 「・・・・・・や、お前の許可あればいいってもんじゃねぇと思うんだけど」

 「そうだ、何て事をするんだ棗! しっかりしろ九浄、傷は浅いぞ。共に一刻も早く地上へ、いや家へ帰ろう! オレもこのままでは、瑠架さん主演の『魔性のくちづけ』観賞があやう」

 痩傑の場合は、みぞおちへの正拳突きにより、後もう少しと言う所で言葉をぶった切られた。

 「いい加減にしなさいよ、二人とも! 大体痩傑、あんた曲がりなりにもこの班の班長でしょうが!

 ツッコミ、というには少々容赦の無さすぎるそれを繰り出した棗は、まったくもう、と腰に手を当てて荒い嘆息を吐く。

 すると、こちらは逆にようやく落ち着いてきたのか、流石があきらめたように携帯を閉じて、傍らに転がった瓦礫を椅子代わりに腰掛けた。

 「でも実際、カルトの人気ってハンパないですからね〜。魔界でも人間界の番組観られるようになったから、なおさらでしょ。逆は、まだまだないみたいだけど」

 「その通り! 魔界版オフィシャルファンクラブの会員数は、もうじき100万人の大台に乗るくらいだからな! 今や人間界でも魔界でも、その人気は不動って事だ。愛しの小兎ちゃんに至っては、ソロとグループ合わせて約10本のレギュラーを抱えてる上に看板番組だってあるんだぜ!!

 あっという間に回復した九浄が、我が事のように胸を張る。同じく痩傑がいつになく熱っぽい口調で便乗した。

 「来月頭には、タイアップ曲が5曲も入ったニューアルバムがリリースされる。待望の魔界版・全国コンサートツアーも、それに合わせて開幕だ。まだまだ彼女達の勢いは止まらんぞ・・・・・・と、特に瑠架さんとか瑠架さんとか瑠架さんとか」

 「あんた、キャラ壊れたわね」

 いい加減ツッコむのに疲れたか、棗も適当な場所に座り込んだ。そんな冷めた一言にはお構い無しで、痩傑は今度は、黒鵺に詰め寄る。

 「これまでにも何度も言ったが、お前も早い所この波に乗れ、黒鵺! 仲間内ではあと、樹里ちゃんファンさえいればカルト・トライアングルコンプリートが完成するんだぞ!

 「だから! オレの方こそ何度も言ってるけど、興味ねぇっての! ハマるのも盛り上がるのも勝手だけど、こっちまで巻き込もうとすんなよな」

 「マジで頼むよ、煙鬼や才蔵達はもうあてになんねーんだ」九浄が、手をあわせてまでして懇願する「お前はまだ、今の魔界に生き返って日が浅いだろ。だから現代の文化や流行、主に芸能界に対して馴染みが無いだけなんだよ。一度思い切って飛び込んでみろよ、夢と萌えとトキメキがめくるめくアイドルの世界へ! 今こそその一歩を! さあ!! ・・・・・あ?!

 突然、九浄と痩傑の足元に瑠璃色の魔法陣が広がって、一瞬にして彼らの身体に張り付くと吸い込まれるようにして消えた。かと思ったら、二人の全身にくまなく、ずしりと尋常ではない重力がのしかかってきたではないか。

 「き、貴様! いくらなんでも、重縛結界を仲間にかける奴がどこにいる!

 「ここにいんだろうが。詠唱じゃなく、暗誦だっただけありがたく思え」

 直接口に出して結界を張るための呪文を唱えなかったため、本来のそれよりも少々、効力が弱く有効時間も短い。くわえて痩傑と九浄なら、この程度の基本結界は指して苦ではない。それでも立っているのがやっとといった感じだ。

 「この上、黒鵺までそっちに引きずり込むのはやめてよね。いよいよとなったら私、大統領命令逆らうの覚悟で、77戦士やめるわよ。ついでに九浄とも絶縁だからね」 

 「実の兄貴との縁がついで?!

 「あたしからも頼みますよ! 黒鵺さんはせっかく今、死々若丸さんと人気を二分するイケメンなんだから、一人の女性のものになったら魔界の女の子達が泣きます!

 まぁ、あたしは鈴駒くんがいればいいんですけど。と言う一言も忘れずに付け加えて、流石は胸の中でもさらに密かに付け加えた。

 (一番泣くのは多分、ってかきっと、霊界の女の子なのよね。とはいえ、主にひなちゃんか)

 正聖神党を巡る霊の事件以後、初めてできた別種族の友人を思い出す。

 霊界案内人・ひなげしとその親友ぼたんは、おそらく霊界人達の中で最も魔界を訪れる頻度が高いだろう。流石と仲良くなったからと言うのはもちろん、ひなげしが黒鵺にどっぷり片思い中で、ぼたんと流石が彼女を応援したり煽ったりたまに少しからかってみたりしているためもある。

 あの妖狐蔵馬を子供扱いするくらいだから、黒鵺から見てひなげしは下手をすれば孫世代に入るのではないか、と流石は密かに危惧しているが。だけどできる事なら、うまくいってもらいたいのが本音。

 ひなげしは今や大切な友達だし、次元と種族を超えた恋物語だ。正に稀代のロマンス。ぜひハッピーエンドになってほしい。

 「・・・・・・そういえば黒鵺さん。モテるわりに浮いた噂聞きませんね。特定の彼女決めてない死々若丸さんでさえ、よくファンクラブのコ達が取り巻いてるのに。実際、どんな女性が好みなんですか?

 せっかくの機会だ。ひなげしのためにもリサーチしておこうと、流石は軽い雑談をふりつつ、黒鵺の表情や語調に目を光らせた。

 「どんな・・・・・・ってもなぁ。オレの場合、惚れた相手がタイプだし。別にこれといってこだわりとか、こうでなきゃって条件はねぇよ。あらかじめ何やかんや設定してても、いざ本気になったらそれまでこだわってた事って、一瞬でふっとんじまうもんだと思うから」

 それって極大解釈すれば、超年下の霊界人もストライクゾーンに入りうるって事かしら。ちょっと苦しいかな。流石が相槌打ちながら考えを巡らしていると、見えない重石を背負いつつ、楽な姿勢を探していた九浄が茶々を入れてきた。結界を張られた腹いせのつもりだろうか。

 「こだわりも条件もないって? だったら、あの凱琉とかいうオカマちゃんでも、案外OKなんじゃねぇの? 最初に生きてた頃からの腐れ縁、実は相性良かったりしてな〜」

 この時。黒鵺はあくまで穏やかな面差しを微動だにしなかったのだが、どこかでプツンという音が小さく空間を震わせた感覚を、流石と棗とそして痩傑も察知していた。と、次の瞬間。

 「うぉお?! ちょ、黒鵺! 今重縛結界の重ねがけしやがっただろ! 余計重くなったぞ!!

 ずしん、と目に見えそうなほどの擬音とともに、九浄の上体が沈みかける。それをわざと無視して、黒鵺はあくまで淡々とこう言い出した。

 「・・・・・・棗。そーいやお前、凱琉のメルアド知ってるっつってたよな」

 「え? えぇ。番組共演した時、ほぼ強引に交換させられてね。それが?

 「んじゃ、これパス」

 まるでキャッチボールのように、緩やかな放物線を描いたそれは難なく棗の手の中に納まった。しかしそれはもちろんボールではなく、何と携帯電話である。ちなみに、黒鵺のものではない。

 「これ、九浄のじゃない。機種といい小兎ちゃんストラップといい、間違いないわ」

 「なっ! て、てめぇいつのまに?!

 重縛結界に動きを阻まれ気を取られていたとはいえ、まったく自分に気付かれないまま黒鵺が携帯電話を抜き取っていた事に、九浄は心臓が飛び出るほど驚いた。元稀代の名盗賊は、引退後もその腕前は衰えていないようだ。

 「地上に出たら、そいつで凱琉にメール打ってくれ。文面は、『好きだよ×3 俺の胸にさぁおいで!! byお前のラブリーモンスター・九浄』」

 「あら、面白そう♪」

 「謝るから! 黒鵺、オレ全身全霊で謝り倒すから!!!

 重力のかせによる重みに負けたためではなく、100%本人の意思で土下座する九浄を横目に、痩傑が僅かに戦慄して呟いた。

 「黒鵺ってたまに容赦ねぇな・・・・・・」

 「オレが甘くなるのは基本、女子供と子狐限定だぜ」

 「最後の一単語についてはツッコミ待ちか?

 「っていうか、救助来るの遅くありません? 最近皆忙しいから、他の77戦士の皆も出払っちゃってるのかなぁ。鈴駒くんに助けに来てもらいたいのに」

 流石が口を尖らせると、棗もそういえば、と今だ微動だにしない結界の壁の向こうの土による闇を見上げた。黒鵺の守護結界は内部の酸素もそのまま保たれるので酸欠の心配は無いが、やはりできれば一刻も早く地上へと解放されたい。

 「九浄いじめ如きじゃ、すぐ飽きるわね。何か他に退屈しのぎってないかしら」

 「いい加減泣くぞ・・・・・・」

 事も無げに言い放たれた妹の薄情な一言に、九浄が本気で落ち込みかける。その時、黒鵺が思い出したように立ち上がって言った。

 「改めて、宝物庫でも見に行ってみねぇか?  最も、今はテロ組織の武器弾薬庫に取って代わったようだが。資料によると、相当デカらしいし。もともとこれくらいの時代の宝物庫ってのは、盗賊達の目をごまかすために、本当にこれだけは無くすわけにいかない秘宝を隠し部屋に保管しとく傾向が強かったんだ。今思えば、刹彌んトコもそうだったし」

 秘宝の言葉なだけに、妙な説得力がある。

 「いいわね、宝探しって事でしょ?

 「あたし賛成! もし本当に何かお宝見つかったら、そのまま自分がゲットしていいんですよね?!

 「おうよ、全員が口裏合わせて、大統領閣下に報告しなければな」

 (・・・・・・もしかしたら、瑠架さんへのいい貢ぎ物が発見できるやもしれん)

 どんどん盛り上がる流石、棗、黒鵺と、密かな企みを抱え始めた痩傑だが、九浄だけは二重結界のせいで動くのが億劫なようだ。

 「オレはまだいいや、この状態だとマジで立つのもめんどくせぇ。後で解除したら、行ってみる」

 「そう? じゃあ私達はお先に」

 「っと棗! その前にオレの携帯返せよ!

 「何だ、忘れてなかったの?

 「お前こそ、オレがもし忘れてたらあのメール、地上に出たら本当に送信するつもりだったろ・・・・・・」

 「安心しなさい、一言一句間違いなく、下書き保存しといたから。あと凱琉のメルアドも登録しといたわよ」

 「オレの方から絶縁するぞ、てめぇえええええ!!

 

 「オレは弟兼息子で十分だけど、妹ってのもこうして見るとなかなか面白いもんだな〜」

 「だから、それはツッコミ待ちか?

 

 

 それからおよそ一時間後。五人を閉じ込めた地下神殿地上にて。

 「だーっ、もう!! どんぐらい掘ったらゴールなんだよ?!

 汗だく状態に耐えかねたか、とうとう幽助はTシャツを脱ぎ捨てて上半身裸になった。自慢のリーゼントも、少々乱れている。疲労よりむしろ飽きの方が強いその眼差しが睨みつけるのは、自らが掘り返してきた膨大な土の山。そして、巨大な爪か何かでえぐられたかのような、深い穴。

 「当時、急速に信者を増やしていた、某新興宗教の神殿だったんだけど、そこの教祖は新勢力として建国を企み、法外な御布施をかき集めていたらしい。盗賊以外で国を興すことを目指していた、極めて稀なケースだ」

 魔界産オジギソウを追加召還して、蔵馬が説明した。そしてそのオジギソウを操ってさらに広く深く地中を掘り下げさせていく。

 痩傑の班が予定帰還時刻を大幅に超えている上に、連絡さえつかない事を当然躯も不審に思ったが、残念ながら77戦士達は皆それぞれ任務に当っている。とはいえ、痩傑たち程の猛者に何かトラブルが生じていた場合、諜報機関に勤める妖怪達では手に負えない可能性もある。

 そこで大統領は、たまたまこの日月に一度の魔界出張に来ていた幽助と、彼の店で黒鵺と待ち合わせていた蔵馬に目をつけた。77戦士に代わって、お前達が捜索、必要とあらば救助もしてきてくれ、と。二人もまた、その力量は77戦士として選ばれるにふさわしいレベルなのだから。

 ということで、躯から示された本日の黒鵺達の『勤務地』に来て見たら、何と地下神殿への入り口は崩れて埋まり、真下に神殿が隠されているであろう大地は大小の亀裂が縦横無尽に走っている上、所々不規則に隆起しているではないか。最初に見た時は二人とも肝を冷やしたが、冷静に感覚を研ぎ澄ませて見ると、分厚い土の向こう、5人分の妖気が感知できた。すぐに蔵馬が黒鵺が結界を張っている事に気付いたのである。彼らが、大地の檻を破って出てこれない理由も察した。

 そこで、躯に連絡して指示を仰いでみたところ、彼女はあっさりこう言った。

 「じゃあ、お前らがそこ掘り起こして五人とテロリストを出してやってくれ。さっき黄泉んとこ電話してみたら、諜報機関の連中も今多忙らしくてな、すぐには寄こせないらしい。完全に掘り終わる頃には、テロリスト護送用として何人か送ってくれるそうだ」

 切れた携帯電話と目の前に広がる荒涼とした大地を交互に見つめ、幽助は途方にくれた。むりもない。ショベルカーはじめ専門の機材さえ持ち合わせていないのはもちろん、シャベルさえここにはない。取るものもとりあえず、着の身着のままだったのだ。

 とはいうものの、そのまま何もしないわけにもいかない。機材や人手を調達する時間ももどかしい。腹を括った幽助は、黒鵺の結界なら早々壊れはしないだろうと、とりあえずショットガンをぶっ放してある程度表層部を吹き剥がし、そこからはかたっぱしから素手で土の塊を大きく掘り起こしてきたのだった。

 「・・・・・・っていうかさ、オメーちっとずるくね? や、手伝ってくれるのはいいんだけど、オジギソウにばっかやらせてんじゃねーか」

 穴の中心にいる幽助が、淵の方に立ってこちらを見下ろしている蔵馬を振り返った。オジギソウの援護で助かっているのは事実だが、どうも納得いかないらしい。

 「そんな事無いよ。妖力消費してるのは変わらないんだから、疲れの度合いは似たようなもんだって」

 涼しい笑みを浮かべながらでは、とても説得力が無い。しかしそれ以上反論する気にもなれず、というか他にもっと納得行かない事がある幽助は、蔵馬の隣でさっきから騒がしくしているある輩を睨み上げた。

 「そうだよな。蔵馬はちゃーんと協力してくれてるもんな。そこでぎゃーぎゃー喚いてるだけのオカマ野狼とは、正に雲泥の差ってやつだよなぁ!!

 「んまぁ、失礼ね!

 両手を腰に当て、凱琉は憤慨して見せた。

 「あたしだって、幽助ちゃんと蔵馬ちゃんの応援っていう、重要な役割はたしてるじゃないの。ホラホラ、手がお留守になってるわよ、早く結界まで掘り進めて、黒鵺ちゃんとあたしを会わせてちょうだ〜い♪」

 「・・・・・・せっかく助けても、オメーがいたら黒鵺からは恨まれそうな気がするぜ。まさかくっついてくるとはな」

 幽助と蔵馬が、躯から最初に要請を受けた時、ちょうど開店直前だったのだが、そこに実は凱琉も居合わせていたのだ。幽助のラーメン屋台が魔界に来る時は、必ずそこで黒鵺と蔵馬が待ちあわせている事をかぎつけていたためである。黒鵺が人間界に行く事も当然あるのだが、羽と耳のせいで場所と時間帯が限られてしまうからだ。

 「もう、さっきから何をブツブツ言ってんの! 器の小さいおぼっちゃんねぇ、ここからが正念場でしょ、頑張って!!

 「お気楽な奴だな、後で覚えてろ!

 「でも幽助、本当に後もう少しだよ。躯から携帯に送ってもらった神殿データによると、あと数メートルで天井部分に到達するはずだ。そしたら黒鵺の結界も近い」

 蔵馬のこの一言が、幽助にとってはよっぽど効果的な声援となった。

 「本当か?! よーっし、そんじゃあとっとと仕上げてやんぜ!

 俄然やる気を取り戻した幽助が、もう一度渾身のショットガンで大量の土を吹き剥がす。そこをオジギソウが群れを成して這い回り、緩んだ地盤を薙ぐようにして掘り下げていく。それから程なくして、ようやく瑠璃色に発光するドームの一部が顔を出した。

 そこからはラストスパートとばかりに、急ピッチの作業が進んだ。こげ茶色の土くれにだった穴の底で、瑠璃色の部分がどんどん広がっていく。やがて、大地が崩れない所まで掘り広げた段階になってようやく、黒鵺が結界を解除したのか瑠璃色のドーム天井がふっと消えた。

 「やったー!! 外よ、外〜!!

 本人が姿を現す前から、流石の元気のいい声が弾ける。彼女を先頭に、棗、痩傑、黒鵺の順に次々とひとっとびのジャンプで地上に躍り出る。少々間をあけて九浄も姿を現した。

 「もしもーし、鈴駒くん? そっちもお仕事終った? 連絡つかなくってごめんね、面白いモノゲットしちゃったから、後で教えてあ・げ・るvV

 「案の定、かけるの早・・・・・・」

 苦笑する棗の横で、現時刻を確認した痩傑が、これなら瑠架のドラマに間に合いそうだと、密かに胸を撫で下ろしている。(今口に出したら、棗の鉄拳制裁が飛ぶと判断)

 「あれ、蔵馬と幽助? オレ達の捜索や救助命じられたのって、お前らだったのか? 世話かけて悪かったな」

 「ちょっとちょっと黒鵺ちゃ〜ん! あんた今意図的にあたしの存在無視したわね?!

 「視界がお前を拒否ってんだよ、当然だろ」

 いつも通り冷たく凱琉をあしらった黒鵺は、改めて蔵馬と幽助に向き直った。

 「任務自体は問題なく完了した。あとは、黄泉んとこの諜報員に事後処理まかせりゃいい」

 やれやれと、幽助は先ほど脱ぎ捨てたシャツを拾い上げた。

 「本業の前に大仕事だったぜ。躯の奴、後で特別ボーナスとか出してくれんだろうな。それかせめて、借金チャラってとこか」

 「まぁその辺は、幽助の交渉次第じゃないかな。ん?

 と、ここで蔵馬が何かに気付いて首をかしげた。

 「黒鵺、その手に持ってる袋、何だ? かなり年代モノに見えるから、テロリストから押収したわけじゃなさそうだな。この神殿に、もともとあったものだろう?

 「お、ご明察。いやな、久々に盗賊としての血が騒いでよ。念入りに物色してたらこいつに当ったんだ。流石もさっき言ってたが、かなり面白いモノだぜ」

 「え、それの事だった「黒鵺ちゃんってば! せっかくあたしも遠路はるばる助けにきたんだから、感謝のキスの一発でもぶっこいてくれたっていいじゃないのよぉ〜〜〜!!!

 蔵馬を遮って勢い良く突進した凱琉だが、当然さらりと避けられる。その背中に向かって、幽助が怒声混じりのツッコミを飛ばした。

 「てめぇなぁ、何が助けに来ただよ! ただオレと蔵馬に勝手にくっついてきて、適当に騒いでただけじゃねぇか!

 「んっもー、本当に可愛げのないお子ちゃまねぇ。あたしの愛情と誠心誠意をたっぷり込めた声援が、自分の力の源だったってどうしてわかんないのかしら!

 「凱琉!!

 突然。それまで一人沈黙を守っていた九浄が声をあげた。そういえば、彼が無口になってたなんて珍しい事だ。普段はどちらかというと口数が多い方なのに。いきなり響いたその声に、一同は思わずハッとなって口をつぐみ、彼に注目した。呼ばれた凱琉はもちろん幽助までも、九浄の迫力に負けて押し黙る。その視線とつかの間の沈黙を自覚しているのかいないのか、九浄はどこか芝居がかった感じでゆっくりと凱琉に向かって歩を進めている。

 しかも彼の凱琉を見つめるその眼差しは・・・・・・何というか・・・・・・どういうわけか・・・・・・非常に不可思議で珍妙な事だが、いやに熱っぽい。その上口を突いて出てきた言葉が、これだ。

 「オレを助けにきた、とは言ってくれないんだな。そんなに黒鵺がいいのか。お前は・・・・・・お前は一体、いつになったらオレの気持に気付いてくれるんだ! こんなにも愛してるって言うのに!!

 少女マンガ風の描写で言えば、背後に花でもしょっているかのような勢いである。ついでに目の中には星が浮かんでいるようにさえ見える。もっとついでに付け加えるなら、彼の台詞、特に終盤が無駄にエコーをかけられているかのように聞こえた。

 異様な空間が広がった事に動揺しつつ、とにかくまず幽助が口を開く。

 「ななな、何言い出すんだよ、九浄・・・・・・エイプリルフールはとっくに過ぎてんのに」

 せめて自分の見聞きしている光景と音声を、嘘という事にしたいのだが、そんな想いも空しく九浄はますますエスカレートする一方だった。

 「見くびるな! 嘘や冗談でこんなこと言えるか! なぁ凱琉、黒鵺の事なんかオレが忘れさせてやる。これからはオレだけを見ろ。オレだけの傍にいろ。そして何より、オレだけのものになってくれ!

 あまりと言えばあんまりな事態に、あの凱琉でさえもあたふたおたおたと、見るからに混乱している。まさか九浄からこんな熱烈な告白を受けるとは、予想だにできなかったのだろう。

 「ちょ、ちょっと九浄ちゃん?! 突然そんな事言われてもあたし困るっていうか、でも強引なのは嫌いじゃないっていうか・・・・・・ってそれ以前にあんた、カルトの小兎はどうしたのよ?

 「はっ、あんな童顔猫耳女、どうとも思っちゃいねーって。ショボイ小娘相手に現を抜かした自分が心底情けないぜ。これからのオレはもう、凱琉一筋だ。頼むから信じてくれよ!

 「ほ・・・・・・本気なのね。あたしの本命は黒鵺ちゃんだけど・・・・・・そんな風に強く迫られたら・・・・・・ぶっちゃけ揺れちゃうじゃない!

 「いっそ揺れまくって、オレに傾いちまえばいいさ。もう一度はっきり言うぞ、心から凱琉が好きだ好きだ好きだ! オレの胸にさぁおいで!!!

 「九浄ちゃん・・・・・・! それほどまでにあたしの事を!! あぁ、あたしって自覚してた以上に罪な女だったのねぇええ!!

 他の者達を置き去りに暴走する二人のテンションは、まるでそこだけが異次元空間のようだった。BGMにハリウッドの恋愛映画張りのバラードが流れていそうな雰囲気でさえある。そんな、えもいわれぬ雰囲気の渦中にいる二人は、だだだっ、と互いに走り寄ったかと思うと、がっぷり一分の隙間なく熱い抱擁をかわしたではないか。

 流石と鈴駒のバカップルぶりが、いかに可愛くて微笑ましいものなのか、嫌というほど思い知らされる。

 突っ込む気さえ失せた幽助と蔵馬が、思わず眩暈を覚えた瞬間、棗や黒鵺達が腹を抱えて大笑いし始めた。

「こ、これは傑作だわ!! 普段はウザいとしか思えなかったけど、あのテンションのベクトルが凱琉に変わっただけでこんなに面白くなるなんて!!

 「何も知らなかったら目に猛毒な光景だけど・・・・・・九浄にゃ悪いが、しばらくオレは解放されるって事だ」

 「決定的スクープだぞ、これは! いやぁ、久しぶりに写真の撮りがいがある」

 痩傑が張り切って携帯の写メールのシャッターを押しまくる横で、流石はすでに動画をおさめはじめていた。

 「鈴駒君にも見せてあげよーっと♪ その後で魔界版you tubeにアップしたら、アクセス数が新記録更新しちゃったりなんかしちゃったりして〜」

 正に黒鵺が言う所の猛毒にあてられまくった蔵馬だが、何とか気を取り直して黒鵺の肩を掴んで問い詰めた。

 「どういうことか、説明してくれるな? オレと幽助の精神衛生上のためにも!

 「オレ達が来るまでの間に、中で何があったってんだ? いやむしろ、九浄に何があったんだ!?

 状況が掴めない上に、史上稀に見るドギツイ光景を目の当たりにした二人は、とうとう顔面蒼白の有様だ

 「悪い悪い、ちゃんと話す。そしたらお前らの顔色も、ちったぁマシになるさ」

 ようやく少し反省して、黒鵺は両の手でそれぞれ慰めるように、蔵馬と幽助の頭を撫でてやった。

 

 

 全ての発端は、時を遡る事、わずか数分前・・・・・・・・・

 

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