CASE 4

 

その店の名前を最初に聞いた時からずっと思っていたのだが、良く磨かれた自動ドアの向こうへ一歩足を踏み入れた瞬間、桑原はやっぱり自分は聴き間違いをしてしまったのではなかろうかと、改めて己の記憶を疑った。

 そこは、よくTVの中の芸能人達のトークでも話題となる事が多い、日本屈指の高級焼肉店なのだから。

 幽助から携帯電話で呼び出しを受けた時も、彼は似た名前を名乗るバッタモノの店の間違いなのではないかと、何度もしつこく確認したくらいだ。

 「おいおい、本当にここかよ? ラーメン屋って、そんなに儲かるのか?

 自分には縁が無いと思っていた高級店の雰囲気にさっそくのみこまれ、桑原は所在無さげに立ち往生する。そこへ、和服姿の女性店員が声をかけてきた。

 「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?

 「え? あ、あぁオレか。そのーですね、浦飯って奴に呼ばれてきたんですけど〜」

 「はい、浦飯様とお待ち合わせのお客様ですね。ただ今ご案内いたします、どうぞこちらへ」

 すんなり話が通じた。幽助は本当に、この店にいるのだ。客として。しぶとく残っていた疑念がようやく晴れたが、だからといって完全には納得できない。

 なぜ急に、彼はここに桑原を呼び出したのか。

 (万馬券か宝くじでも当たったか? でもそれだったら、恩恵受けるべきなのはオレじゃなくて、あいつのオフクロさんか雪村のはずだよなぁ)

 実際に自分がよく行く、大衆向けの全国チェーン店とは全く違う趣に、おのぼりさんのごとくキョロキョロしているうちに、ふと気がつくと桑原は、どうやらVIP用らしい個室に案内されていた。廊下に正座した女性店員が、障子越しに中へ声をかける。

 「失礼致します。浦飯様、桑原様がご到着です」

「な、な、ちょ、おねーさんここって!

 よりにも寄って個室だ。おそらく、大御所芸能人や政財界の大物達が、お忍びできた時に通されるような。あたふたする桑原をよそに障子が開かれ、最初に目に入ったのは、既にほろ酔い状態の幽助だった。 

 「よーお桑原、遅かったじゃねーかよ。おねーさん、生ジョッキ大と牛タン塩と特上カルビ追加頼むぜ」

 「はい、かしこまりました」

 唖然として開いた口の塞がらない桑原だったが、女性店員が立ち去ったのと入れ替わるかのように個室に飛び込んで、思わず叫んでいた。

 「どーーーなってんだこりゃあ!! 本気でちっともワケわかんねぇぞ!

 テーブルの上には大きなジョッキがこの時点で既に、三つも空になっている。網の上ではジュージューと、綺麗なサシの入った以下にも高そうな肉(ちなみに松坂牛)が、もうすぐ食べ頃といったところか。その香ばしい匂いに食欲中枢は確かに刺激されたけれど、桑原はすぐに座る事ができずにいた。

 「いいから座れって。オメーにはちゃんと説明してやっからよ。それより、桐嶋達には連絡したのか?

 「あぁ、言われた通りここに呼び出しておいたけど・・・・・・ってそーじゃなくて!

 ノリツッコミも早々に切り上げ、桑原は、その場にいたもう一人を恐る恐る改めて確認する。実は障子が開けられた時、個室にいたのは幽助だけではなかった。そのもう一人の人物こそ、桑原にまるで止めを刺すかのような驚愕を与えたのである。最初にこの店に着いた時の戸惑いや気後れなど、一瞬で吹き飛んだ。

ニコニコと物腰穏やかに「はっはっは、久しぶりじゃないか、桑原」と、人好きのする笑みを満面に浮かべた、善人を絵に描いたようなその中年男性。

 彼の事を桑原は嫌というほど覚えているのだが、記憶の中とは表情や纏う雰囲気がまるで別人だ。この男は、いつから二重人格になったのだろうか。

 「何でよりにもよって岩本がここにいるんだよ?!

 それは桑原にとってはもちろん、幽助にとっては特に天敵でもあった男の名。二人が皿屋敷中学校に通っていた頃、彼らや桐嶋達を目の敵にしていた教師だ。挙句の果てにはその性根の悪さを、四聖獣リーダー・朱雀の謀略に利用され、あやうく螢子とぼたんを手にかけようとした男。唯一の恩師・竹中とは、正に天と地ほどの差があった。

 その後も幽助を腐ったリンゴ呼ばわりするなど、ねちねちした悪行がつきなかったのだが・・・・・・。

 「桑原も先生の事を覚えていてくれたのか。それは嬉しいなぁ、教師やってて良かったよ。ついさっき、浦飯もわざわざ訪ねて来てくれてな。最愛の生徒が続けざまにオレのために足を運んでくれたなんて、幸せすぎて怖いくらいだ。さぁ、早く座って好きに食え。まだまだ食べ盛りだろう、遠慮するな」

 ・・・・・・自分は立ったまま夢を見ているのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎっている内に、半ば強引に岩本に促されて桑原はぎこちなく腰を下ろした。改めて岩本を観察してみたが、口調も表情も言葉の内容も、本心から出ているとしか思えない。躊躇も淀みも一切見られないのだ。

 その至れり尽くせりな言動と行動は、まるで某夢の国に勤めるキャストの如し。

 だが、かつての非道っぷりを知っている桑原としては、そこに得体の知れない不気味さを感じてしまう。隣の幽助を引き寄せ早口に耳打ちした。

 「おい浦飯、こいつ一体何があったんだよ? まさか教師リストラされて、頭の回線いくつか、いや全部がぶっちぎれやがったのか? それともどっかの怪しい組織に捕まって改造手術でもされたんか?

 「タネはそんなもんよりもっとシンプルだぜ。まぁ、いくらなんでもこの至近距離でネタ晴らしはまずいから、とりあえず昔の自分を反省して心入れ替えたって事にしとけや。本人もそう思い込んでるみてーだし、実際似たようなもんだし」

 「心、入れ替えただぁ?!

 思わず声を上げしまった桑原の言葉に、岩本が反応した。

 「その通り! かつてのオレは、本当に酷い先生だった。いや、教師失格だった!! 浦飯も桑原達も、皆あんなに優秀で可愛い生徒達だったのに、どういうわけか当時のオレはわかっていなかったんだ。それどころか、冷たくあしらい陥れようとまでしていたなんて、100回土下座しても償いきれん!!

 悔恨の涙を流す岩本の目の奥に炎が燃えたぎり、背後でも紅蓮の火炎が立ち上っているように見えるのは、桑原の気のせいだろうか。しまいには、「お前達は腐ったリンゴなんかじゃないんだ!」などと叫びだす始末。

 一昔前の学園ドラマだったら、BGMで効果たっぷりに主題歌のサビでも流れているに違いない。

 「・・・・・・人間変われば変わるもんなんだな」

 「っつーか変えちまったんだけどな♪」

 

 

 焼肉店が入っているビルの屋上。本来は部外者立ち入り禁止なのだが、それには一切構わず丸薬の検証部隊の面々は、幽助が霊界探偵時代に、いつの間にか私物化したというカバン型霊界TVを囲んでいた。

 「なるほどねぇ、こーいう使い方もあるんだ。確かにカモだよねこれは」

 あいつ意外に頭使うんじゃん、と鈴駒が付け足す。すると螢子が苦虫を噛み潰したような顔で、

 「昔っから悪知恵だけは無駄によく働くんだから!

 と、かなりおかんむりだ。

 「でもまぁ、あたしと螢子ちゃんはあいつのせいで、絶体絶命の危機になってたわけだしさぁ、遠まわしに仇討ってくれたようなもんだろ」

 何とかフォローを試みるぼたんだが、それでも螢子の腹の虫は収まりそうもない。

 「そんなわけないでしょ! 第一、岩本先生にあの薬飲ませるために、私までダシに使ったんですよ、あいつは! 私利私欲以外の何だって言うの?

 幽助から携帯に連絡が来た時に、螢子はこんなことを頼まれた。人間の口にも合う魔界の新作スイーツが最近開発されたから、昔迷惑をかけた岩本先生にぜひ贈りたい、と。もちろん、魔界産のものである事を馬鹿正直に言えるわけも無いし、岩本が素直に浦飯幽助からの贈り物を受け取るとも思えないから、とりあえず螢子からのものとして届けてくれないか、と。

 当時一番迷惑をこうむって、それでも親身に幽助の世話を焼いていたのは、むしろ竹中先生の方じゃないの、と螢子は怪訝に思ったが、「あいつのトコには後で自分で持ってくって。竹センだったら、すんなり受け取ってくれるだろうからよ」と返され、納得してしまったのだ。螢子は、自分の浅はかさを呪った。

 実際は、その辺の店で適当に買ってきた大福の中に件の丸薬を仕込んで、それらしい包み紙でカモフラージュしていたものを、螢子はそうとは知らず運び屋として岩本宅へ届けてしまったのだった。

 時間はちょうど夕飯時。食後のデザートにきっと手をつけるだろうと確信していた幽助は、その時間を見計らって岩本に電話をかけたのである。

 「それにしても、オーダーの仕方が容赦ないわね」棗が呆れた「人間界って、私はめったに来ないから通貨とか相場とかよくわかんないんだけど、とにかく相当な額いってるでしょ、これは」

 「・・・・・・少なくとも、公立中学校の教師が一晩で使う金額ではないね。中小企業とはいえ、社長やってるうちの親父でも、こんな無茶苦茶な浪費は絶対ありえない」

 思わずため息をついた蔵馬の隣で、黒鵺が首をかしげた。

 「なぁ、あのプーって霊界獣は幽助の心の分身なんだろ? 似ても似つかねーじゃねーか。外見云々以前に、性格も」

 「まさかコエンマ様、卵間違えて渡しちゃったんじゃ・・・・・・・・・・・・」

 本気で不安そうなひなげしに、いくらなんでもそれはないよとぼたんは笑ったが、頭の片隅では「本当にそのまさかだったりして」という考えがこっそりと見え隠れしていた。

 「う〜ん・・・・・・面白いといえば面白いんだけど、死々若丸さんとあやめさんが強烈すぎたせいか、ちょっとインパクト薄いわね」

 携帯ムービーを録画し終えた流石が、送信ボタンを押すのを躊躇して渋い顔をした。

 「これじゃあ幽助くんが文字通り美味しい思いしただけだもの。大統領閣下が楽しんでくださる映像とは、お世辞にもいえないわ。他の実験対象探さなきゃ」

 「でも、丸薬自体がもう残り少ないんでしょ?

 ひなげしの疑問を受けて、黒鵺が改めて袋の中身を確認する。そういえば、もともと片手で数えられる程度しか入っていなかったはずだ。

 「あと一錠だけだ。検証結果が面白すぎて、残数の事忘れかけてたぜ。でもこれは、使えねぇな」

 丸薬の事を躯に知らせた時、彼女はわざわざ大統領命令として強く要請した。『自分も使ってみたいから、一錠だけでも構わないから残しておけ』、と。

 「ってー事は、これが最終検証って事になるねぇ」

 そう言ってぼたんが指差すのは、桐嶋、大久保、沢村が到着して、ますますボルテージが急上昇していく画面越しの宴会風景。

 「えーっ?! この程度なんかじゃシメられないよ。せっかくラストなら、何かガツンとしたモノがこなきゃ! とにかくインパクトがないと、魔界版you tubeに流せないって!

 鈴駒も不服のようだが、とはいえ躯がキープしている最後の一錠を使うわけにもいかない。かといって幕引きにはふさわしくない。とにかく、躯本人に事の次第を説明して何か指示があるんなら聞いてみようか。誰からともなくそんな空気が漂い始めた刹那。

 「とにかく、インパクトがあって面白い映像があればいいのね?

 突然、螢子が先程までの立腹が嘘のような落ち着き払った口調で、一同を見渡した。その、妙に腹をくくったかのような雰囲気に一瞬気圧されつつ、流石が応える。

 「え? えぇ。本来の趣旨とはズレるけど、これっぽっちで終わったら、せっかく人間界まで来た甲斐が無いもの」

 「じゃあ、番外編って事にすればいいのよ。私にいい考えがあるから、ちょっと協力してくれる?

 

 CASE・番外編

 

 「どーもゴチになりやした! 岩本センセ♪」 

 「いやいや礼には及ばん。お前達が楽しんでくれていたなら、オレはそれだけで十分さ」

 高級肉はもちろん、ビールや焼酎の各種酒、果てはデザートに至るまで心行くまでたいらげた一同は、岩本を囲んで談笑していた。事情を知らない者達からすれば、本当に和やかな同窓会そのものの光景だ。すっかりアルコールの回った沢村が、赤い顔で言った。

 「桑原さんに電話もらった時は驚いたけど、本当に岩本が奢ってくれるとはビックリしましたよ!

 「まさか、何か悪い病気で余命いくばくも無くて、それで罪滅ぼし始めたとかじゃないっすよね・・・・・・」

 「ありえねーって、大久保! 何で人格変わったかはしらねぇけど、殺しても死にそうに無いのは一緒だろ」

 と、桐嶋はばしばしと大久保の広い背中を二、三度平手で叩き、「ねぇ、桑原さん?」と中学時代からのリーダーを見上げた。

 「おお、おうよ! 遠慮も憶測も何も無用だぜ!

 努めて胸を張った後、桑原は幽助を引き寄せて声を潜めた。

 「まったく、オメーも悪どい奴だよな〜。魔王のやる事にしちゃショボイけどよ」

 宴会途中、トイレに立ったフリをして、彼だけは幽助から事の真相を知らされていたのだ。

 「へっ、ちょっと焼肉奢ってもらうくらい可愛いもんだろ。実際あいつにゃ色々と恩があるかんな」

 「・・・・・・多分、浦飯の場合は『恩』じゃなくて『怨』の方なんじゃねぇの? まぁ、オレらからしてみても、4年越しのお礼参りって事にしとくか。それにこんな機会でもなきゃ、一生入れねーような店だったし」

 「そうそう! それにもし人間の体に副作用が出るようだったら、いくら岩本相手でも使わなかったっつーの。でももうすぐ効き目切れる頃合だから、適当な所で別れ・・・・・・ん」

 ふいに、幽助のポケットの中で携帯電話が震えた。開いて画面を確認すると、蔵馬からメールが届いていた。内容は、

 『螢子ちゃんがどうしても自分で試してみたいと言って、最後の一錠を飲んでしまったんだ。躯からの許可も下りたというか、ぜひ飲ませて実験しろと大統領命令も下ってしまった。今、幽助の所に降りて行ってる。もう効果が出てるはずだ。オレ達が一緒にいながら、突然こんな事になってすまない』

 「マジでか!!? あんのバカ女、副作用無いとは言え何だっていきなりそんな無茶しやがんだよ!

 思わず頭を抱えた幽助に、何事かと桑原は彼の携帯を覗き込んでみた。

 「意外と大胆なことするよな、雪村って。まぁ興味持つのはわかるけどよ。それにいくら面白ぇ薬だからって、あいつが他人を実験台にするとは思えねぇし。にしても、幸せなんだか災難なんだかわからねぇな〜。なぁ浦飯」

 ニヤニヤ笑いを浮かべながら肩に腕を回してきた桑原を、幽助は「どーいう意味だ?!」と睨み上げた。苛つきを隠そうともしない眼差しに怯みもせず、桑原はさも楽しそうに続ける。

 「好意と悪意が入れ替わる薬なんだろ? 往復ビンタ如きじゃすまされねぇって絶対! ま、骨ぐれーは拾ってやっからよ」

 「うるせぇ、ほっとけ! 大体、何で好意から悪意の変換って前提なんだよ!

 にわかに動揺を見せ始めた幽助に悪ノリしたのか、桑原は立てた人差し指をチッチッチ、と横に振る。

「今更白々しいことはいいっこなしだぜ。何てったって、雪村はオメーの女神様なんだろ〜」

 「だあああああ!! それは言うなっつっただろうがああああああ!!!

 耳まで真っ赤にして、幽助は両手を使って桑原の口を塞いだ。あたふたするその背中に、幼い頃から彼が最も慣れ親しんだ声がとんでくる。

 「幽助!

 ぎくり、と幽助の動きが止まった。振り返るのが怖かった。自惚れるわけではないが、多分今の螢子は死々若丸に負けずとも劣らない形相で、自分を睨みつけているはずだ。それにもしかしたら、凶器の一つや二つ持ってるかもしれない。

 そもそも、逆転するのは好意と悪意であって、別に恋愛感情に限定しているわけではないのだから、嫌われてさえいなければ、今の状態の螢子が幽助に向けるのは、確実に『悪意』の方だろう。

 どんなに少なく見積もっても、ビンタが三往復くらいはくると思われる。覚悟を決めて、幽助は螢子に向き直った。

 だが。次の瞬間幽助は、ありえない、否、決してあってはいけない光景を目にしてしまう。

 やってきた螢子は頬を紅潮させ、少々潤んだような双眸で、熱っぽい視線で幽助を見つめつつ、はにかみ混じりに微笑んでいるではないか。愕然として絶句する幽助と、そんな彼と螢子を交互に見つつ桑原が戸惑っている。

 「幽助・・・・・・ずっと待ってたのよ。ほんの数時間でも貴方と離れてるなんて、私には耐えられないんだから」

 小走りに駆け寄ってきた螢子は、そっと幽助の手をとり愛しそうにキュッと力をこめる。

 「ねぇ、ここからは私が幽助を独り占めしていいわよね? もう魔界にもどこにも行かないで。一生私のそばにいて。幽助になら、私の人生全部捧げたって惜しくないの。だって私はきっと・・・・・・幽助のお嫁さんになるために生まれてきたんだって、信じてるから。」

 まさに女神のような美麗で揺るぎの無い微笑。そして、淀みなくあふれ出す愛の言葉。何も知らない桐嶋達は「おぉ〜雪村大胆!」「よっ、ご両人!」とかなんとか囃し立てているが、それらは全くといっていいほど幽助の耳には届いていなかった。

心がが目の前の現実を必死に拒もうとしているが、さらに追い討ちをかけるかのように螢子は幽助の胸にぴとっ、とくっついてうっとり目を閉じながら、とどめの告白を紡いだ。

 「大好きよ、幽助。一万年と二千年前から愛してる!

 さながら恋愛映画のハッピーエンド的名シーンのようだが、ヒロインから愛を告げられた主人公であるはずの幽助は、スプラッター映画で容赦なく惨殺される犠牲者のような顔で、夜空に向かって断末魔の如き絶叫をぶち上げた。

 

 「嘘だあああああああああああああああああああ!!!!!

 

 カバン型霊界TVからの絶叫と、直接耳に届いた絶叫が見事にユニゾンする。

 流石は大喜びで携帯ムービーを撮影していた。

 「傑作!! 幽助くんの顔、超〜面白ーい♪ 案外この番外編が、一番アクセス数多くなったりして」

 「それにしても、螢子ちゃんがこんなに演技派だったとはねー。教師より女優の方が向いてんじゃない?

 画面の向こうで、アカデミー賞ものの活躍を見せる螢子に、鈴駒は心底感心している。

 先程、幽助にお灸を据えてやろうと決心した螢子が、いわゆるドッキリの決行を決めたのだ。小道具は、携帯電話一つ。仕掛け人は、蔵馬。たったそれだけで。

 躯用にと残されていたあの丸薬を、自分が飲んでしまったことにして欲しいと螢子は提案した。さらにそれを幽助へ蔵馬のメールで知らせれば、きっとあの単細胞な幼馴染みは疑わないだろう、と。

 最大の決め手はもちろん、螢子の熱演だ。

 画面の中ではパニック状態の幽助が、嘘だ嫌だこんなの何かの間違いだとかなんとか喚き散らしつつ、挙句の果てには螢子の足元にひれ伏して、

 『頼む螢子、遠慮はいらねぇ。オレを罵れ! 殴れ! いやいっそ踏め! 思う存分蔑んでからゴミより粗末に捨ててくれええええええ!!!

 と、顔面蒼白で叫んでいる。

 「凄い有様ね〜。魔界統一トーナメント準優勝者が、人間の、それも霊感さえほとんど無い普通の女の子にドMな求愛行動だなんて」

 もしも雷禅が今の息子を見たら何て言うだろうか、と棗はこっそり考えてみた。・・・・・・多分、怒りも呆れもしないだろう。流石や鈴駒らと一緒になって、腹の底から大笑いするに違いない。

 「でも・・・・・・螢子ちゃん、本当にこれって100%演技かねぇ?

 ふと真顔で呟いたぼたんに、一同は不思議そうに注目した。

 「あたしゃ、あのコがドッキリを隠れ蓑にして、自分の意思で本音を言ってるように聞こえるよ」

 

 もう魔界にもどこにも行かないで。一生私のそばにいて。

 

 

 LAST CASE

 

 「上出来だ。まさか番外編までついてくるとは、予想以上に楽しめたぜ」

 百足内の大統領謁見室。流石からのムービーメールを一通り楽しんだ躯は、黒鵺から丸薬を受け取って満足そうに微笑んだ。

 「約束通り、あんたの分まで残しておきましたよ、大統領閣下。っつーかさ、マジで霊界へのフォロー頼むぜ。向こうもそろそろシラフに戻る頃だ」

 ぼたんとひなげしは事後処理がすむまで、急遽有給をもぎ取り、幻海邸へ一時避難している。棗は幽助にしかけたドッキリ作戦の顛末を待たず、一足先に効果が切れるだろう九浄のもとへうきうきと向かった。蔵馬は明日も出勤なので自宅へ帰り、鈴駒と流石は夜景デートとしゃれこんでいる。

 現在は百足に住んでいる事もあり、黒鵺だけが丸薬を持って戻ってきた、というわけだ。

 「あぁ、そこは心配するな、まかせておけ。ただその前に、オレが最後の検証させてもらってもいいか?

 どーぞどーぞ、という黒鵺の返答も終わらぬ内に、躯は室内無線で、百足居住の77戦士達に仕えている給仕係の一人を呼び出した。

 

 

 丸薬の存在も知らずに、いつの間にやら仕掛け人にされていたその給仕係は、大統領の命令通り一仕事終えてある一室を出てくると、室内の主に一礼して立ち去った。

 丸薬を砕いて溶かしたお茶を、今頃何の疑いもせず飲んでいるだろう被験者の事を思い、廊下の角から様子を伺っていた黒鵺は妙に緊張した面持ちで傍らの躯を振り向いた。

 「本当に飛影でいいのか? 百足内を黒龍が暴れまわって完全崩壊しても、オレは責任とらねぇぜ」

 試してみたい気持ちもわかるけど、と小さくため息をつく。

 「そこまでになる前に、何とか止めてみせるさ。こうでもしないとあいつ、オレとは本気で戦ってくれそうもないからな」

 第一回魔界統一トーナメント以降、飛影が宣言した通り彼は躯と一戦交えようとは決してしなかった。鍛錬としての手合わせさえ希望しないし、躯が申し込もうとするとそのタイミングを見計らったように、百足から姿を消してしまう。そして彼女が諦めた頃、これまた絶妙の時に何食わぬ顔で戻ってくるのだ。

 見透かされているようなその行動が、躯は面白くなかった。

 「決着つけたいとか、オレを越えてほしいとか、そういう明確な目的があるわけじゃないんだ。ただ、あいつのおかげでやっと純粋に戦いそのものを楽しめるようになったのに、その張本人にそ知らぬ顔をされるのはしゃくでな」

 「それ以前にさ、あんたケンカ売られる前提で検証してるって事は、よっぽど飛影に嫌われてない自信があるんだろ。年下好みとは意外だったな」

 「当たり前だ。実際本人から『気に入ったぜ』と言われた事があるんだぞ。前提どころか確信だ」

 「・・・・・・はいはい、ごちそうさま」

 からかったつもりが平然と無自覚にのろけられ、黒鵺は降参したように苦笑した。と、その時。

 シュンっと軽く空気の抜ける音に振り返ってみると、ちょうど飛影が自室から出てきたところだった。見た感じでは、表情も物腰も普段と変わりないように見える。いつも通りの淡々とした足取りで、彼は歩き出した。そしてどこへ行くのかと思いきや、正面口直結のエレベーターを目指しているではないか。

 「? あのまま外に出ちまう気かよ」

 しょっぱなから黒龍波連続打ちがくるのでは、と危惧していた黒鵺は、飛影の思わぬ行動に首をかしげた。躯も怪訝そうに眉をひそめている。

 「まさかあいつ、丸薬に免疫あるんじゃないだろうな。だとしたら、せっかくのメインイベントが台無しじゃないか」

 「それは無ぇだろ。飛影より妖力値の高い九浄に効果覿面だったんだからよ。・・・・・・それよりメインって、あんたそんなに楽しみにしてたのか」

 「何とでも言え、大統領就任に後悔こそ無いが、同時に娯楽も無いんだぞ。とりあえず、飛影に追いつくとするか」

 エレベーターに乗られては元も子もないと、躯は足早に飛影の後を追い始めた。ここからはもう、大統領の好きにさせほうっておくべきかと黒鵺は考えたが、百足そのものはもちろん、他の乗組員達の事を考えるとそ知らぬふりはできず、せめて被害を最低限に抑えるため、自分も躯に同行することにした。

 もしここに蔵馬が居たらまた、「このお人よし」とからかわれるだろうな、と自嘲気味に呟いて。

 「飛影、ちょっと待てよ。任務から帰ってきて早々、どこ行く気だ? ウチの乗組員である以上、私用で百足を出る場合は、メールでもいいから報告しろと言ってあるだろう。許可をおろさない事はまず無いんだから、それくらいの手間は惜しむな」

 実際これまでも、飛影は外出報告を怠った事は皆無。ただし、そのほとんどが事後報告なのだが。

 ちなみに、行き先や帰還予定時刻も記載する義務は無い、というのも彼が律儀に規則にしたがっている理由でもある。

 躯に言わせれば、「とりあえず今、百足に居るか居ないかがはっきりしてればいい」のだそうだ。

 「飛影?

 どうも妙だ、と躯は気付いた。丸薬の効き目かなんなのか、飛影が彼女の呼びかけに対し、何も反応しない。返事はもちろん振り返ろうとする気配すらない。また、わざわざ返事などしない場合でも、彼の妖気の波長はさりげなく躯に向けられているはずなのだが、その片鱗さえ掴めなかった。飛影の纏う空気まで、とにかく全てが空虚な無反応なのだ。

 そしてもう一つ気付いた事がある。飛影は、旅支度を整えていたのだ。荷物が少ないためすぐにはわからなかったが、あきらかにちょっとそこまでという外出のレベルではない。

 思わず隣の黒鵺を見上げると、彼もこれには気付いたようで無言で頷いてみせた。

 そうこうしている内に、エレベーターが目前に迫ってきた。行き先ボタンを押すため、ようやく飛影が立ち止まったのを見計らい、今度は黒鵺が一歩進み出て声をかける。

 「おいどうしたんだよ、飛影。まさか本当に、どっか旅にでも出る気か? 何だってこんな急に? それより何よりお前、体調というか、旅以外で心境の変化は無ぇの? 例えばほら、今まで気に入ってた奴が急に虫唾が走るくらい嫌になったとか、もしくはその逆とかさ」

 見下ろす飛影の横顔は、普段の彼と寸分違わない。まさか本当に先程の躯が予想したように、あの丸薬に対する免疫があるのではなかろうか。とうとう黒鵺も疑い始めたその時、飛影がやっと口を開いた。目線をまっすぐエレベーターのドアに向けたまま、ボソッと低く一言。

 「黙れ、消えぞこない」

 不意打ちで容赦の無い暴言をくらい、黒鵺が思わずぽかんとしたその時、エレベーターが到着してドアが開いた。飛影ついに、一度も振り返ることなくさっさと乗り込んでドアを閉じ、無機質な機械音と共に下へ下へと遠ざかってしまった。

 「・・・・・・あの言いようは、普段の飛影に照らし合わせるとらしくないっちゃらしくなかったが・・・・・・結局本当に効いてたのか? それに躯、追わなくていいのかよ?

 「いい。丸薬がちゃんと効いてたのはわかったからな」

 「え、あれで?!

 「あぁ。つまり飛影は本気で悪意を抱いている相手ほど、無視したくなるって事さ。戦闘本能すら働かなくなるんだろ。あいつの妖気の中に、闘志の欠片どころか粒さえも感じられなかった。だから妙だったんだな。あんな違和感を飛影に覚えたのは、初めてだ」

 「なるほどねぇ、どうりでらしくなかったわけだぜ。・・・…ところで大統領閣下。オレも飛影に嫌われちゃいなかったみたいだけど、暴言さえ吐かれず徹底的にシカトされたあんたの方が、よりあいつから好かれてるってぇ検証結果になりましたが、ご感想は?

 躯本人はもちろん、彼女が取り仕切る百足に居る事すら耐えられない程だったというわけだ。逆転した飛影の本音は。

 秘められたその熱烈さを冷やかしてくる黒鵺と、閉ざされたエレベーターを見比べて、躯は答える。

 「拍子抜けだ。むしろつまらん。どの道飛影は、オレと戦ってはくれないんだからな」

 しかし、残念そうな言葉に反して、彼女の面差しはまんざらでもなさそうだった。

 

 

 一方その頃、魔界版you tubeでは。

 丸薬の効果が切れて、恐怖と戦慄と悶絶のるつぼに叩き落された九浄の一部始終が、棗によって投稿されていた。これをはじめ検証シリーズの動画は、幽助の番外編も含めてその後しばらく魔界で人気を博すこととなる。

 

 

<FIN>

 

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