「駄目だ、どーしようもできねぇ」

 百足の配電室で、工具片手に悪戦苦闘していた黒鵺が、とうとうさじを投げた。

 「やっぱり専門知識のある奴呼んだ方がいいぜ。下手にいじくったら、取り返しつかないことになっちまうぞ」

 「そうか・・・・・・お前もなかなか器用だし、何とかなるんじゃないかと思ったんだがな」

 バチバチと小さな放電を繰り返す巨大な機材と、黒鵺を交互に見比べて、躯は残念そうに浅いため息をついた。

 77戦士としての任務から戻って早々、突然ショートした配電室に呼び出されて修理を頼まれた黒鵺だが、さして気にとめていないように工具を片付ける。

 「少しわかったこともある。あんたは今回の故障を突然の事だと思ってるようだが、そうじゃねぇ」

 「っていうと?

 「結構長いこと、メンテナンスしてねぇだろ。小さな不具合や誤作動が積み重なって、とうとうガタがきたんだよ。この配電室だけじゃなく、百足全体も改めてメンテすべきだな」

 「そうか・・・・・・そういえば、ここ二百年ほどサボってた気がする」

 「長すぎだろ、それ!

 「もー、駄目ですよ、躯さん。愛車なら日頃からマメにお手入れしないと!

 初めて配電室に入り、物珍しそうにあちこち見回していた流石が、口を挟んだ。

 「・・・・・・さっきから気になってたんだが、何でお前までついてきてんだ?

 流石は黒鵺と同じ班に配属されていて、任務終了報告と来月分のシフト確認も兼ねて他のメンバー(棗、九浄、痩傑)らとともに先ほど戻ってきたのだが、百足に住んでいない棗達はとっくに帰宅している。流石は何故か、用件はすべて済んだはずなのに帰ろうとはせず、躯と黒鵺にくっついてきたのだ。

 「何でって、あたしはここで鈴駒くんと待ち合わせしてるんですよ。今日は百足がこの地点から動かないって知ってたし。厳密には玄関で待ってなきゃいけないんですけど、まだ時間あるから暇潰しにと思って」

 「あのな、ここは曲がりなりにも新大統領官邸だぞ。個人的な待ち合わせに利用するんじゃない」

 「だーって、ここ癌陀羅に近いんですもん。鈴駒くん、時間まで修羅のトコで遊んでるって言ってたし」

 「・・・・・・そういう問題じゃないだろ」

 その度胸だけなら、すでに流石は魔界最強クラスかもしれないと思いながら、躯は呆れついでに今度は少し深めのため息をついた。そんな光景を面白そうに眺めながら、黒鵺は工具入れの箱の蓋を閉めて立ち上がる。

 「鈴木呼んでみたらどうだ? あいつならそんじょそこいらの業者より仕事が早いと思うぜ」

 「そうだな、ついでに全体メンテナンスも任せてみよう」

 呟きながら自身の携帯電話を手に取り、そこで躯はふと思い出したように顔を上げた。

 「なぁ、流石。お前」

 不意に名前を呼ばれた流石が、振り返ろうとした瞬間。

 バチッ バチバチッ

 ひときわ大きな放電が破裂した。ハッとした三人が放電の出どころに目線を奪われたその時だった。

 バチィィィィィンッ!!!

 青白い電気の帯が目にも止まらぬ高速で、大蛇のようにうねりのた打ち回った。

 「うわぁ!!

 配電室が一瞬真っ白な光で満たされ、しかしそれはすぐに収まる。チカチカする視界を、頭を何度か横に振ることでごまかしながら、黒鵺は放電が静まったのを確認した。

 「思ったより深刻な状態かもな。とにかく、早いトコ鈴木に来てもらって・・・・・・」

 と、配電室を改めて見渡し、彼は思いがけない光景に絶句した。つい数秒前まで普通に雑談していた躯と流石が、何と床に倒れ付しているではないか。

 「お、おい、躯! 流石! 二人とも大丈夫か?!

 急いでかわるがわる二人に声をかけながら、脈拍と呼吸、瞳孔の状態を素早く確認する。とりあえず、この三点において異常は無い。今ので感電してしまったのだろうか。一瞬、大蛇のように暴れたあの青白い電気の帯が、偶然二人に直撃したとしか思えなかった。

 「時雨はまだ戻ってねぇが・・・・・・とりあえず、医務室だな」

 とにかく、配電室を一刻も早く離れなければならない。また先ほどのような大きな放電に見舞われたら、今度は自分も無事ではすまない可能性がある。無傷で動ける内に、二人を安全な場所まで連れて行こうと、黒鵺は急いで担ぎ上げようとする。

 しかし、それには及ばないとばかりに、躯も流石も低くうめきながら身じろぎした。

 「良かった気がついたか! 無理すんなよ、二人とも、身体大丈夫か? 怪我は?

 「・・・・・・心配には及ばん。くっ、オレとした事が放電ごときで失神とは」

 「も〜ビックリしたぁ! 何かまだ、微妙にピリピリしてる気がする〜」

 「・・・・・・・・・・・・・・・え?

 起き上がった二人から発せられたそれぞれの言葉に、黒鵺は自分も脳辺りが感電したのかと疑った。それくらいの尋常ではない違和感、いや異常事態が彼らの目の前に展開していたのだ。

 躯と流石も、お互いをまじまじと見つめながら呆然と動けずにいる。

 ちなみに異常だったのは、言葉の内容ではない。言葉を発した、声の主の方だ。

 

 

 飛影、時雨、麒麟の三人が百足に戻ってきたところ、正面入り口で鈴木と鉢合わせた。ラボに篭っていて徹夜明けだという彼は少々眠そうだったが、充血も目の下のクマも一切見られない上に、顔色も通常通りというケアの徹底っぷりは大したものである。

 「おぬしらの班は、今日は非番だと聞いたが?

 時雨からの問いに、鈴木はあくびを一つして答える。

 「さっき、黒鵺から呼び出されたんだ。とにかく大至急来るようにとな。詳細は会ってから話すの一点張りで、オレ自身まだ何も知らない」

 「そういえば・・・・・・先程から躯様に直接連絡がつかんのだが、それと何か関係あるのだろうか」

 麒麟が腕組みして眉間にしわを寄せたその時、彼らの後方、百足と癌陀羅の間に横たわる森の中から、元気のいい妖気が二つ、凄まじいスピードで接近してきた。

 木々を避け、すれ違った幻魔獣をふっとばし、通過した後に巻き起こった風が、枯葉や砂利を吹き散らす。

 そして

 「「とうちゃーーーく!!!」」

 勢い良く駆け込んできたとたん、正面入り口の扉に、鈴駒と修羅がそれぞれの右手の平を触れさせた。

 「よっしゃ! オイラの勝ち!

 「違うよ、ボクの方が早かったってば!

 「修羅の方が背高いからそう見えるんだよ。写真判定してたら、絶対オイラだもん」

 「そんな事無いって! ボクが先にタッチしてたよ。あ、ちょうど良かった。ねぇねぇ、今のボクと鈴駒、どっちが早かった?

 突然現れたかと思ったら、けたたましく騒ぎ立てる少年達に、飛影は心底うんざりしながらはき捨てる。

 「くだらん、知るか、どうでもいい」

 「うっわ、普段の『くだらん』だけにとどまらず、オプションまでつけやがったよ、こいつ。って、あれ? 鈴木までどしたの?

 ついさっき、時雨に対して言った答えを鈴駒にも繰り返し、鈴木も問い返す。

 「お前こそどうした? 修羅と一緒という事は、わざわざ癌陀羅から走ってきたのか?

 「まーねん。実は流石ちゃんとデートの待ち合わせでさぁ。修羅は修羅で、百足に届け物があったし」

 「届け物?

 「パパがね、躯の所に届けたい書類があるって言うから、鈴駒と競争するついでにボクが持ってってあげようと思って」

 「・・・・・優先順位、逆ではないのか?

 得意気に書類の入った封筒を見せる修羅に、ため息混じりに呟いたのは時雨である。と、その時、鈴木の携帯電話が着信を告げた。

 「黒鵺か? ・・・・・・あぁ、今もう入り口だ。これから入る」

 77戦士は、百足に住んでいるか否かにかかわらず出入りが自由なのだ。顔と指紋と声紋をチェックすれば、二十四時間いつでも入れる。

 『そっか・・・・・・。? なぁ、後ろがちょっと賑やかだけど、誰か今一緒にいるのか?

 「飛影達が任務から戻ってきた所だ。後は鈴駒と修羅がいる」

 そう応えると、携帯の向こうが急に静かになった。いや静かになったというか、遮られたようにくぐもっている。どうやら、黒鵺が通話口を手で塞いで誰かと何かを話しているらしい。

 『・・・・・・わかった。お前も含めて、そこにいる連中なら問題無いそうだ。全員で躯の個室まで来い。そこに流石もいる』

 「は? 躯の? それどういう・・・・・・あ、切れた」

 黒鵺にしては珍しく無愛想というか、余裕の無さそうな話し方を不思議に思ったが、それより意外なのは躯の部屋に呼び出されているという事実の方だ。多忙を極めている彼女が、夕方前からプライベートルームにいることはまずありえない。しかも、流石までいるとは。

 いまいち事態が飲み込めないまま、とにかく鈴木は飛影や鈴駒達に電話の内容を説明して、連れ立って躯の自室に向かうことにした。

 「流石ちゃん、入り口前で待ち合わせのはずだったのに、何で躯のトコにいるんだろ? 今日の任務の事で、何かあったとか? 黒鵺も同じ班だし」

 「フン、どの道、気をもむ必要は無いだろう。普段篭ってる司令室ではなく個人部屋なんだ。少なくとも仕事がらみとは思えん」

 鈴駒と飛影がそれぞれの感想を述べるのを聞きつつ、一行はぞろぞろと長い廊下を歩く。下級兵士達に仰々しく最敬礼されるのを横目に、修羅がふと口を開いた。

 「ねぇねぇ、今躯の部屋にいるのって、本人と黒鵺と流石の三人なんだよね」

 「あぁ、そのはずだ」

 頷く鈴木を見上げ、修羅はこう続けた。

 「そーいうの、『両手に花』っていうんだっけ? 黒鵺凄いねー、流石の方は彼氏もちなのに」

 男が一人に女が二人。しかも個人の部屋で。そもそも黒鵺は今や、魔界の女性達の間で死々若丸と一、二を争うほどの人気戦士だ。まるで事の重大さを理解したかのように、まず鈴駒がダッシュした。

 「冗談じゃないよ! どんだけモテるか知んないけど、流石ちゃんはオイラのだかんね!!

 「くだらんな。マセガキが色ボケしやがって」

 「とか何とか言いつつ、何だって飛影まで早足になってんのさ。しかもいつの間にか追いついてるし!

 「オレはさっさと用件を済ませたいだけだ!

 今度は飛影と鈴駒が競争しているかのように、二人は百足の廊下を慌しく突き進んでいく。すれ違いざま、何人かの下級兵士達がその勢いに負けてぐるぐる回転し、目を回しては昏倒するという有様。そのフォローにおわれる鈴木や時雨達の事は既に頭に無いのか、二人はあっという間に躯の個室前までたどり着いた。

 見上げるほどに大きい、観音開きの扉を、飛影がノックもせずに押し開ける。と同時に、鈴駒と先を争うように中へ入ると、ソファに腰を下ろしている流石と躯、そしてその傍らに黒鵺が立っているのが見えた。

 「おー、来た来た。・・・・・・って、あれ、鈴木は?

 黒鵺が背後を覗き込むようにしているのには構わず、飛影が進み出た。

 「躯、わざわざここまで呼び出して何の用だ。戦士としての任務と関係無いのなら」

 帰らせてもらう、と続けようとするのを断ち切るように、躯が勢い良く立ち上がる。かと思うと、彼女は思いつめたようにうつむき、痛みに耐えるような顔をして、だけどついに弾かれたように駆け出した。今にも泣き出しそうな面差しを見せながら、悲痛な声で叫ぶ。

 「鈴駒くん!!」・・・・・・・・・と

 当の鈴駒はもちろん、飛影でさえリアクションをとる余地の無いまま、躯はまるですがりつくように鈴駒を抱きしめる。躯の方が背が高いので、床に膝をついている格好だ。胸元にぎゅうううっと抱き寄せられた鈴駒は、頭の中が真っ白になったり顔面を真っ赤にさせたりしながら、一瞬でパニック状態に陥った。

 「あああああの、ごごごごごご乱心ですか?! 大統領?!

 泳ぎまくる目線の端に、ソファから動かない恋人・流石の姿がかすめる。彼女はどっと疲労心労が押し寄せたかのように、全身で深いため息をついて頭を抱えていた。

 「ち、違うんだよ流石ちゃん! オイラ別に躯とは何でもないし、っていうかなんでこんな事になってんのかもわかんないし!! とにかく潔白なんだってば!!

 「鈴駒くん、聞いて!

 躯が少し身体を離し、真正面から鈴駒と向かい合って彼の肩に手を置く。

 「あたしも・・・・・・何でこんな事になったのか、わからないの。でも、これだけははっきり言えるわ。あたし、どんな姿になろうと何があろうと鈴駒くん一筋だからね!

 切羽詰った、真摯な眼差しに射抜かれて、鈴駒はとうとう完全に絶句した。目の前の事態に理解が全く追いつかず、混線した思考回路に翻弄されるがままだ。しかし、その隣で飛影が熱線の如き妖気を放出したため、ハッと我に返る。

 「躯、貴様・・・・・・本当に乱心でもしたか? そんなたわ言を聞かせるために、オレを呼びつけたのか?

 激情を無理やり押さえているらしい口調が、なおさら恐ろしい。しかも意識的にか無意識的にか、彼は剣の柄に手をかけている。

 「あのっ、ちょ、飛影!

 制止しようにもうまい事口が回らない鈴駒を尻目に、躯がキッと飛影を睨んだ。

 「たわ言とは何よ! あたしの鈴駒くんへの気持ちは真剣なのに!

 「・・・・・・・・・・・・」

 飛影は頭の奥で、何かがぷつんと音を立てて切れた気がした。表情が抜け落ちた三白眼は、しかし次の一瞬で彼自身が放つ妖気よりも燃えたぎる。

 「貴様、いい加減に・・・・・・!

 「『流石』! ちょっと落ち着けよ。まだ何も説明してねぇだろうが」

 見かねたように黒鵺が割り込んで、飛影はそこでやっと我に返った。同時に、今聞いた言葉に大きな疑問を覚える。

 「『流石』、だと?

 鈴駒もキョトン、と目を白黒させ、目の前にいる大統領とようやくソファから立ち上がった恋人を見比べた。

 「え、でも流石ちゃんはあっちに・・・・・・?

 「違う。オレが『躯』だ」

 と、流石がため息混じりに吐き捨てる。普段の彼女から想像もつかないほどの低い声。その表情は厳かで立ち姿も威厳にあふれているではないか。歩み寄ってくると、未だ鈴駒にしがみついている躯を睨んだ。

 「おい『流石』、オレの姿でそんな醜態を見せるんじゃない! 他の連中に見られたらどうするんだ。一応この状況は機密事項なんだぞ」

 「そんなこと言われたって・・・・・・・」

 やっと鈴駒から離れて立ち上がった躯は、口を尖らせて反論する。

 「こんな異常事態で、平然としてられるわけ無いでしょう?! 大体『躯』さんこそ、あたしの顔でオレとか言うのやめてくださいよ、品が無い!!

 「品が無いのはどっちだ、公衆の面前でベタベタしやがって。とにかく、いい加減取り乱すな! それで現状が解決するなら、オレだって混乱してやるさ」

 「そりゃ、『躯』さんはいいですよ。若返ったも同然なんだもの! あたしなんて、ただでさえ鈴駒くんより年上なのに・・・・・・さらに桁違いにその差が開いちゃったんですから!!

 「・・・・・・お前、本当に色々といい度胸してるよな」

 「あのな、二人とも、ちょっといったん黙ってくれ」

 これじゃきりがないと、黒鵺がどうにか静止する。そこへ鈴木達も来たので、一同を躯の部屋に入れるとすぐに扉を閉めた。さらにしばらく扉の外に聞き耳を立てて、誰も近付きそうに無いのを確認し、なるべく全員を部屋の奥へと誘導する。

 「なんだなんだ、妙に物々しい雰囲気になってるじゃないか。何があったんだ?

 重苦しさと戸惑いに充満した空間をいぶかしんで、鈴木が黒鵺、流石、躯を順番に見渡す。

 「躯様、いかがなされましたかな? 百足内で、何か不都合な事でも?

 「あーちょうど良かった。はいこれ、パパから預かった重要書類!

 最敬礼して問いかけてくる時雨と、重要、と口では言いつつ軽く差し出してくる修羅に、躯は何やら言いたそうで、しかし何も言えずにまごついた。それを一瞥して、流石の方が書類の入った封筒を不機嫌全開でひったくり、机の上に放る。

 その光景に肩をすくめ、黒鵺が考え考え、口を開いた。

 「・・・・・・全員、冷静に聞いてくれ。オレもまだ、自分の目や耳が信じられないんだが・・・・・・これは確かに現実だ。明かす以上はとにかく受け入れてくれ。潔く、な」

 「? 何を勿体つけている? さっさと要点だけ言わんか」

 麒麟が少し苛立ちを見せながら先を促すと、黒鵺はとうとう腹を括ったようにこう言った。

 「入れ替わっちまったんだよ・・・・・・。躯と流石の『中身』が」

 「・・・・・・・・・は?

 一同を代表するかのように、修羅が間の抜けた返答をした。

 「だから、オレ達の目に見える躯の方が実は『流石』で、流石に見える方が『躯』って事だよ」

 沈黙が下りる。音も時間の流れも、強制的に切断されてしまったかのような、不自然な静寂。いやもしかしたら、今黒鵺が告げた『現実』を聞いた全員の意識もこの時断ち切られていたのかもしれない。脳内の許容量を遥かに凌駕し、あらぬ方向に向かって流出したそれの行方を、ただぼうっと眺めるだけで。

 「・・・・・・・・・・・・そんな、馬鹿な」

 こごった沈黙の狭間に零れたのは、麒麟の呟きだった。それを足がかりにするかのように、時雨が続く。

 「一体何故?! このような症例、拙者さえ未だかつて聞いたことがないぞ!!

 「いや、人間界の一部ではネタとしてかなりベタな現象らしい!

 「鈴木! これはネタとかじゃなくて現実だってば!! そんな分析どーでもいいよ!

 詰め寄る鈴駒の隣で、修羅がまだ呆然と『躯』と『流石』を見比べつつ、「えっと、本当はこっちが流石で、こっちが躯で・・・・・・」と、ぶつぶつ口の中で繰り返している。

 飛影はというと、

 「そんなくだらんホラ話、よくも言えたもんだな。黒鵺・・・・・・貴様、また死にたいのか?

 「信じたくないからって、無駄に強がんなよ。剣が震えてるし、目がキョドってるぜ」

 彼らの混乱を予想していたのか、黒鵺は平然と構えている。そこへ、『躯』が進み出た。

 「最初に黒鵺が言っただろう、潔く受け入れろと。当事者であるオレ達以上に、お前らがうろたえてどうする」

 凛とした男言葉での話し方は、流石の姿でも迫力があった。あどけない顔つきが、今は厳しく引き締まっている。

 「黒鵺さんが言うには、人格って言うより霊魂が入れ替わったみたいなの」

 やっと落ち着いてきたのか、今度は『流石』が口を開いた。こちらも、普段の躯からは誰も夢にも見ないほどに、愛嬌があるというか・・・・・・その表情が柔らかい。同じ声でも言葉遣いが違うと、全く違った響きに聞こえるから不思議だ。

 黒鵺の推測によると、配電室での強烈な放電を二人同時に受けたショックで、彼女達の霊魂がお互いの肉体に放り入れられてしまったらしい。しかも、問題はそれだけではなかった。

 「二人見てて、何か気付かねぇか?

 改めて黒鵺に促され、一同は新事実に驚愕する。まず、麒麟が息を飲んだ。

 「どちらからも、全く妖力が感じられない?!

 今の『躯』と『流石』は、そんじょそこいらの雑魚妖怪並みの、脆弱な妖気さえ感知できなくなっているのだ。これには時雨が黒鵺からの説明を待たずに理解した。防衛反応だと。

 「拙者としてもこれは憶測に過ぎんのだが・・・・・・おそらく、霊魂が入れ替わった事によって、人格はもとより全く質も強度も違う妖気が入れ替わってしまったために起きた現象だ。今まで許容したことの無い妖力が肉体に悪影響を与えないように、自動的に封印されてしまったんだろう」

 「えっとつまり・・・・・・このまま二人の霊魂が本来の身体に戻らなかったら、どっちも無力化したまんまって事?

 修羅からの確認に、時雨はまるで飲めないものを強引に飲み込む時のような面差しで、ただ黙って頷いた。

 「どーすりゃ元に戻るわけ?! あ、そうだ魂癒水晶は?! あれで霊魂を分離させて、もう一度入れ替えれば・・・・・・」

 「鈴駒、そりゃ無理だ。あれは死者でないと効かねぇよ」黒鵺が、気の毒そうに鈴駒の肩を叩く「だが、入れ替わったんなら戻す事だって可能なはずだ。ただその手段は、容易じゃねぇってことさ」

 「なるほど。オレが呼ばれた理由がわかった」

 一人納得した鈴木が、天井を仰ぐ。

 「入れ替わった霊魂を、元に戻すアイテムを作れってことだな」

 「そういうこった。配電室の電流が原因である以上、出番が回ってくるのは化学者だろ?

 思ったより、暴露する人数が増えたけど、と黒鵺は苦笑した。

 「それから」と、『躯』が改めて一同を見回した。「戦士達の混乱と、テロリスト共が調子づくのを避けるため、オレ達が無力化したことはもちろん、入れ替わった事も最重要機密だ。今この部屋にいる者達以外には、全面的に口外禁止! 特に修羅・・・・・・黄泉の地獄耳に絶対入れるなよ」

 「えー、パパにも駄目なの?

 「あいつだから余計嫌なんだ!

 人格が『躯』でも、やはり身体機能は本来の持ち主のままなのか。目をむいて怒鳴るのに連動して、尻尾が斜め上に向かってピンとのび、毛が逆立った。かの『躯』といえど、この状況では冷静さを保つのが難しいようだ。

 「とにかく、オレは配電室に行って修理と平行して放電状況を調べ、データを取る」鈴木が、既に頭を切り替えた「入れ替わった当時の電流の強さをはじき出せれば、人格再交換のための装置はラボに戻らなくても作れる。百足にも、材料になりそうなものはあるんだろ?

 この際自由に何でも使え、と大統領が即答で許可を出す。鈴木は今夜も貫徹を覚悟しながら部屋を出て行った。続いて黒鵺も、何か手伝える事があるかもしれないと言って、後を追った。彼らの背中を見送って、時雨が心からの期待を馳せる。

 「とにかく、鈴木の技術を信頼するしかないな。・・・・・・黒鵺も器用だし、一刻も早くどうにかしてもらわねば」

 「『躯』様、我々もいったん退室いたします。それから『流石』にはしばらく、司令室に行ってもらいたい」

 麒麟からの提案を『流石』はすぐには理解できず、「え?」と聞き返した。長きに渡って使えている主君の、見た事のない無防備な表情に戸惑いながらも麒麟は補足する。

 「この時間、『躯』様は本来勤務時間中だ。個室に篭っていては部下が不審に思う。司令室でも立ち入り厳禁の表示を出しておけば、少なくとも下級兵士は絶対にノックさえしないし、他の77戦士の場合は私がうまくいいわけを考えて、代理で応対しよう。携帯電話は、故障中という事にしておけ。すぐに一括メールで送信しておく」

 「えーとじゃあ、オイラ達も長居しない方がいいって事?

 黒鵺のように鈴木を補佐するだけの技術も頭脳も、残念ながら鈴駒は持ち合わせていなかった。前代未聞の緊急事態だというのに何もできないのは悔しいが、かといって邪魔者になるわけにもいかない。鈴駒は仕方なく修羅を促して出て行こうとしたが・・・・・・・・・。

 「嫌! 鈴駒くんは帰らないで!!

 『流石』が追いすがって、今度は背中から鈴駒に抱きついたではないか。

 「司令室に一人ぼっちだなんて耐えられないもの、お願い一緒にいて。あたしはこの世で一番、鈴駒くんが頼りなの。そばにいてくれなきゃ寂しくって死んじゃう!

 鈴駒が振り返った肩越し、息がかかるほどの距離に迫っている顔は、魔界最強の大統領。その彼女の左目が、今にも涙を零さんばかりにうるうるとゆらぎ、頬がうっすら紅潮している。それどころか、火傷の痕に囲まれた無表情なはずの右目まで、心なしか潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。いやむしろ、痕と素肌が落差どころか絶妙なコントラストを演出しているようで、そこには独自の可憐さと優美さが・・・・・・・・・

――――今ここで可愛いとか思ったら、中身が『流石』ちゃん本人とはいえ、オイラ浮気した事になっちゃうのかな……?

 耳まで真っ赤にして硬直しながらも、脳裏の片隅でそんな事を考える鈴駒を我に返らせたのは、『躯』の怒号だった。

 「『流石』! 本気でいい加減にしろ! 一体何の羞恥プレイだ!! って修羅、お前はお前で写真撮ろうとするんじゃない!

 「これも駄目なの? 躯のケチー!

 「だから、あたしの顔でそんな単語言わないでくださいってば!

 「くだらん・・・・・・・・・くだらなすぎる・・・・・・」

しゅうちぷれいとは何だ? という疑問を残しつつ、飛影はどんな戦闘よりも疲労困憊したかのように、引きつった声で呟いた。

 

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