第十二章・思惑の行方

 

 

 群がる魔忍達の中心で、若き日の画魔が見てしまったもの。その光景は、見た瞬間から画魔の心を弾丸のように撃ちぬき焼きついて、永遠に消えない痛みと影になった。

 だが悪あがきと知りながら、画魔は尋ねてみる。

 「・・・・・・・・誰、だ?

 感覚の消えた腕を、指を、重い荷物のように持ち上げて、細かく震わせながら指差しに形作る。その指先が示すのは―――骨、だった。

 折れたり、割れたり、砕けたり。さまざまな損傷が激しい、複数人分と思われるいくつもの骨が、布の広げられた台車の上に無造作に集められていた。最も目に付くのは、やはり頭蓋骨。頭頂部から片目にかけて欠損していたり、下顎がまるごとはずれて見当たらなかったり、これらだけ見ても無残な有様。そんな頭蓋骨が、4つ。それ以上でも以下でもない。

 しかもその骨達にかろうじて、わずかにまだ持ち主の妖気が染み付いている。それこそが、画魔を言いようのない絶望の暗い暗いどん底へ突き落とした。

直接目にしていながら、だけど画魔は突きつけられた事実を信じられず、叫ぶように問いかけを重ねる。

 「その、骨は・・・・・・誰なんだ?!

 妖気の残滓を感知してはいるが、画魔は自分の感覚さえ信じたくなかった。台車を押して里に戻ってきたのが、戦死した魔忍の遺体回収係だと者達だということも、わかっているのに。

 「四強吹雪の、遺骨だ」

係の一人が、にべもなく答えた。大きなどよめきが波紋のように広がる。いつの間にか、里のほとんどの忍が台車や回収係を囲むようにして集まっていた。

 絶句する画魔を押しのけるようにして、別の魔忍が飛び出してくる。当時まだ、画魔と同様一人前一歩手前の段階まで来ていた、爆拳だった。

 「ありえねぇだろ! よりにもよって四強吹雪が、任務失敗して戦死したってのか?! しかも何だって骨になんかなってんだ!!

 似たような質問が、怒号とともに相次いだ。恐怖感を孕んだ驚愕や不安感が、いやおうなしに広がっていく。

 魔界忍者最強の精鋭部隊が、全滅した上白骨化してしまっているのだ。自分たちなど遠く及ばない脅威が迫っていると、動揺するのも無理はない。

 「まず、彼らに課せられていたのは極秘任務だといっておこう」

 回収係のリーダー格が、重い口を開き始めた。

 「よって我々も内容を知らない。四強吹雪がどのような敵と戦っていたのかも、聞いていない。ただ、里長に指定された場所に赴いただけだ。『帰還予定時刻を大幅に過ぎても、四強吹雪が戻ってこない。悪い予感が当たるとは思いたくないが、お前達を派遣する』と

 「どこ、だったんだ? ・・・・・・四人が任務のために向かったのは。彼らの・・・・・・戦場は? そこで何がどうなったら、こんな事になるんだ!!

 ようやく搾り出された画魔の声は、最初は掠れ、だが次第に荒ぶった。

 かき集められたかのような、いくつもの骨の集まり。そこへダブるようにして、四人の在りし日の姿が通り過ぎていく。閃、飛鳥、涼矢、そして魅霜。さまざまな表情が、声が、鮮明に思い出されるというのに。ほんの数時間前、彼らに会っていたというのに。今目の前にある現実と、どうしても結びつかない。

 「口外禁止だ。任務事態が極秘扱いのため、任地がどこなのかも絶対に明かすなと厳命されている」

 「どうしてそこまで? 魅霜さん達に何があったのか、凍矢と陣にさえ何も教えられないというのか?!

 「それは愚問というものだぞ、若いの」

 回収係リーダーが、哀れみを含んだため息をこぼす。

 「里長が極秘と指定した任務だ。里長が口外禁止と決められたのだ。その決定が全てであり、回答だ。どうして、なぜ、などと問うてはならぬ。我らはただ従うのみ。それがここの秩序だ」

 言葉は耳に聞こえている。だが、心まで届かない。おそらく同じ内容を100回聞かされても、画魔は何一つ納得できないだろう。学んできたはずの、魔忍としての常識。だが、それを飲み込めない。画魔の中にある彼個人の感情に、想い出に、引き止められる。

 そしてもう一つ。『彼女』への恋心が、里への忠誠心を大きく上回っていた。

 おかしい。こんなのはおかしい。これでは誰も何も報われない!!

 「画魔!」「画魔のあんちゃん!

 幼い声が二つ、人垣の向こうから投げ入れられた。いやおうなしに、画魔の意識を吸い寄せる。再び画魔は野次馬をかき分けて声の方向へ急ぐ。短い間に、群集はさらに膨れ上がっていた。里のほとんどの忍びが集まってきたようだ。

 「あんちゃん! さっきから皆ヘンな事言ってんだべ! 四強吹雪が、全滅したとか何とか!

 いつになくこわばった顔で、陣が画魔の足にとりすがった。まるで、助けを求めるように。死に物狂いな形相で。。

 「そんなん嘘に決まってんべ? とーちゃんやかーちゃん、もうすぐ帰ってくるんだべ? なぁ画魔のあんちゃん、四人とも生きて帰ってくるんだべな?!

 「たまたまいつもより帰りが遅いから、心配した誰かの邪推が、悪い噂になってるだけだろう?

 冷静さを保とうと必死な凍矢だが、言葉は不自然に抑揚をなくし、ただでさえ色白な顔色からさらに血の気が引いている。

 この子達に、両親の死など突きつけたくなかった。画魔自身、できれば悪い夢のままにしておきたい。幼子らと共に、その夢に逃げ込みたいと本気で思った。だがそれをはるかに凌駕する現実の前に、画魔は力なく屈するしかない。

 心が折れるのと連動して、画魔はその場に膝をつき、右手で陣を、左手で凍矢を抱き寄せた。

 体の震えだけでも必死に押し殺しつつ、画魔は『遺骨』が二人の目に映らないようことさら強く抱きしめて、意を決する。

 「落ち着いて、聞け」

 それは彼自身に向けても紡がれた前置き。

 

 「閃さん、飛鳥さん、涼矢さん、魅霜さんが……戦死した」

 

 

 『陣。この暗号の存在に気付いたなら、四強吹雪の命日中に連絡手段を絶ち、雷禅の遺骨を持って我が配下に戻れ。遺骨を媒介にした妖術でお前が二度と魔忍を抜けられぬ呪縛をかける事を受け入れるなら、凍矢の核をお前の管理化に置く事を許可しよう。これに応じない場合、または暗号の内容を他者に漏らした場合、即座に再び大規模災害を起こす。今度は、魔界人間界はもちろん、霊界も同時だ』

 

 画魔の墓標に刻まれた暗号の全文が、いやでも陣の記憶に染みついて離れない。全て終わったら、一刻も早く新しい墓をこしらえてやりたかった。凍矢と、一緒に。

 だけど今はとにかく、雹針に接近する事が重要だった。

 案内役の下忍達の後について入魔洞窟内を歩みながら、陣は持参してきた荷物を担ぎ直す。袋の中で骨同士がぶつかり合い、こすれあう不快な音がした。

 それにしてもまさか、人間界のこんな洞窟の中に里を移転させていたとは。もしも陣が入魔洞窟の事をあらかじめ知っていたとしても、ここまで想像するのは不可能だったであろう。

 かつて、仙水忍が魔界と人間界を繋ぐ界境トンネルをあけるため、根城にしていた入魔洞窟。その奥に開けた空間を、雹針は妖術でさらに広げて補強し、魔忍の里をこれまでの構図そのままに移したというのだ。

 陣は知る由もなかったが、そもそも仙水がここを拠点にしようと決めた理由の一つが、入魔洞窟周辺は小規模だが次元のひずみの発生率が高いためだった。その方がより、トンネルを開きやすいと思ったのだろう。

 そしてここは、雹針にとっても好都合だった。

 亜空間にはられていた巨大結界が取り払われ、しかもひずみが発生しやすい上に、一度大きな事件が起きて解決した後のこの土地は、霊界からも魔界からも一番ノーマークだったのだ。

 人里から離れ、地元住民も先ほどのような『例外』がない限り近寄らない。魔界にいる事が多い飛影の邪眼は届かず、次元を行き来する移動もたやすい。この場所はまさにうってつけなのである。

 「ここに里を移転したのは、いつ頃だ?

 ランタンのみで照らされた、薄暗い洞窟内に陣の声が反響する。ふいに背後から問いかけられ、呪氷使いの下忍二人は、見た目にわかるほど全身をびくつかせた。

 「つつ、ついこの間だ。里長に命じられた数人の魔忍が、煙鬼の班担当の避難キャンプから、冬眠状態の元部隊長を拉致した日!

 「そう! 連中が戻ってきてすぐ、ここに一時避難したドクター・イチガキが、里長の命令で核移植とかなどなどやってたから間違いない。あいつの手術道具とか研究用具とか運び込むの、オレ達も手伝わされてさ、これがもう面倒で面倒で!

 ぴしり。氷属性でもないのに、陣の眼差しが絶対零度よりもさらに凍てついた。

 「……そっか。この洞窟で、凍矢は“あの”手術されたんだべな。よーくわかっただ」

 「バカ! さっきいといい今といいお前喋りすぎだ!

 慌ててもう一方が小突いたが、時既に遅し。陣がまとう妖気に、さらなる憎悪と殺気が膨れ上がる。一刻も早く里長のもとまで案内して、何やかやと理由付けして退散しようと、下忍達は心に決めた。

 その後も、いくつかの角を曲がり、しばらく直進して、はっきりと輪郭を持った光が灯っているのが見えた。その光に照らされているのは、新たな通路への入り口。いや、もう通路ではない。向こう側に広大な空間が広がっているであろう気配を漂わせる

 これもまた、雹針お手製の妖具だろうか。光の正体は、赤ん坊の頭ほどの大きさの水晶球だった。それが二つ、入り口を挟むようにしてしつらえられ、煌々と光を放っている。

 「あれが、今の里の入り口だべな。オメらもう行け。構図が変わってねぇんなら、雹針の屋敷の位置もわかるだよ」

 「え、いいのか? 一応里長には、あんたを案内するようにって命令で」

 「行け。三度目は言わせんな」

 声のトーンが一段階落ちて、洞窟内だというのに風向きが変わった。温度まで下げて。二人組みの下忍達は、ひっ、と悲鳴を引きつらせ、脱兎の如く元来た道を全力で逆走しはじめた。遠ざかる気配を一瞥もせずに、陣は舌打ち一つ。

魔忍はあくまで里の中だけで子孫を増やし、育成していく。よって、新人が来ることはまずありえない。だからさっきの二人もほんの数年前まで、凍矢の部下だったのだ。別の部隊とはいえ、陣が名前はおろか顔も思い出せないくらいだから、彼らは末端中の末端だろう。凍矢でさえ詳細に記憶しているかどうか怪しい。

 だがそれでも、そう遠くない過去に自分達を取り仕切っていた部隊長が、思い返すだけでも心身もぎ取られそうな仕打ちを受けた事を知っているのに、彼らが何とも思っていなさそうな事実が耐えがたかった。

 

 やっぱり魔忍の里に、オラ達の味方なんかいねぇんだ。画魔が、最後だったんだ。

 

 二度と還らぬ面影を、今だけは意を決したように振り切って、陣は里の入り口に向かって突き進む。通ってみるとそこにひろがっていたのは、よくもまぁと思うくらい正確に再現された『故郷』だった。

 魔忍達が個々の生活を送る個人宅はもちろん、部隊ごとの修行場、鍛錬用の屋外広場の位置関係も全てこれまで通りである。違うのは、ここが魔界ではなく人間界だという事。そして名実共に完璧な閉鎖空間となった事だ。

 里は決して広大な面積ではなかったが、地下だと思うと同じ面積でも広く感じる。雹針の妖術でなかったら、地上はとっくに耐え切れず、落盤していたに違いない。

 「やはり戻ったか」

 いつの間にか、吏将が姿を現していた。時雨によって負わされた怪我も完治している。もはやいちいち驚くのも面倒だ。そして、彼のように直接出てはこないだけで、里のそこかしこから魔忍達の気配を感じる。

 「爆拳は? まさかあいつ、まだ逃げおおせてんのけ」

 「奴は、最初からどこにも逃がした覚えはないぞ。とはいえ、もう里にはいないがな」

 言っている意味が、よくわからない。しかし吏将は意味ありげな、歪んだ笑みを口元に浮かべている。

 追求した方がいいのだろうか。爆拳の消息についての真相はきっと、魔忍側にとって有利なもののはずだ。だから吏将はわざとあんな言い方をした。

 しかし陣は、あえてそこから先を聞くのはやめた。連絡手段を持たない自分が爆拳について何らかの情報を得たとしても、それを魔界に伝える事は不可能。それに彼が今里にいないというのが事実ならば、やはり自分は凍矢と雹針の事に集中しなければならない。

 「だったら、ひとまずどうでもいいべ。雹針の屋敷さ行くから、そこどけ」

 「そうはいかん。お前が里長と対面するまで同行しろと、仰せつかっている」

 無言のままひときわ強い殺気をぶつけてみたが、やはり吏将だとびくともしない。目障りな事この上ないので、できればこの場で打ち倒してしまいたいのだが、時間の無駄は厳禁だ。

 「・・・・・・・・・わかっただ。さっさとすんべ」

 ため息まじりの口調も、雹針の屋敷に向かって歩き出した歩調も、一見何という事はない。しかし実際の陣はさりげなく、かつ一分の隙もなく、神経を張り巡らせ研ぎ澄ませている。当然、四方八方から無数の矢のように降り注がれる、遠慮のない敵意と警戒心のためだ。陣がほんの一瞬でも不審なそぶりを見せたら、吏将の指揮のもと総攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。

 それはそれで無理もない話しだと思う。やむをえずとはいえ、抜け忍が自らの意思で里に戻ってきたのは前代未聞だ。陣にとっても魔忍らにとっても、ここから先は未知の領域。

 

 

 ピンポーン ピンポーン

 無機質な電子音が、そらぞらしく鳴り響く。分厚い金属のドアが開けられる気配も、ドアの向こうで人が動いている気配も無い。しん、という擬音が実際に聞こえてきそうなほどの静寂だけが伝わってきた。

 「・・・・・・留守だね」

 天沼の声のが重く落ち込んだ。

 応急処置はしたが、一応噛み千切ったのとは逆の手で、インターホンを押していた御手洗も、思いの外早く道が閉ざされてしまった事実に直面し明らかに困惑していた。

 妖怪三人に立て続けに遭遇し、命からがら逃げてきた二人だったのだが、それで事が済んだとはとても思えなかった。

 あの入魔洞窟で、今度はどうやら妖怪の集団が姦計を巡らせているらしいのだ。蟲寄市はもちろん、人間界そのものが無関係ではないだろう。しかも、自分達は名前や顔を覚えられてしまった。いやおうなしにもう巻き込まれているのだ。

 だとしたら当然、対抗策を練らなければならない。そのためにはまず、魔界や人間界で今何が起きているのかを知る必要があった。

 そこで、浦飯や桑原達ならきっと詳しい事を知っているのではないかと思い、御手洗の記憶を頼りに皿屋敷市の浦飯宅があるマンションに文字通り駆け込んできたのだった。

 「ボクもあれ以来、全然会ってないし連絡先も交換してなかったからなぁ・・・・・・。ちょっとここで待ってみる?

 「近所の人から不審者と思われなきゃいいんだけどね。それより、他に心当たりないの? 桑原って人の方は?

 「う〜ん、同じく皿屋敷市内ってとこまでは知ってるんだけど・・・・・・あ」

 当時、負傷した彼に付き添っていてくれたぼたんが、戦意すらなくしてベッドの上で茫然としていた御手洗に、つとめて明るく何やかやと話しかけてくれていた。「黒の章」の映像を思い出して暗澹としていた心が、まるですがるように彼女の声をあるが拾い上げていた。

 その中の一つが、浮上する。

 「思い出した、雪村食堂! 浦飯くんの幼馴染みの家がやってるお店で、親子揃って常連だって言ってた。連絡先とか、もしかして教えてもらえるかも。住所までは知らないけど、近所で有名なお店ならその辺の人に聞けばすぐわかるはずだよ!

 「お、良かった〜。八方ふさがりかと思ったじゃん」

 ようやく次の道筋が見えて、天沼も安堵の笑みを浮かべる。

 「よし、それじゃ急ごう! とりあえず、ここの管理人さんに聞いてみようか?

 マンションの廊下は静まり返り、しばらく人の通る気配すら感じられない。御手洗は即座に同意して、エレベーターに戻る。天沼がボタンを押すと、重々しい機械音が腹に沈む。エレベーターがあがってくるのを待つ間、御手洗は今度は、つい先ほど出会って赤い髪の妖怪を思い出していた。

 最初はてっきり、自分達を襲おうとしていた二人組の仲間かと思っていたが、どうやら逆に敵対しているようだった。助けてくれたあの後、やはり入魔洞窟に入っていったのだろうか。二人組のバックには組織がついているらしいが、あのままでは多勢に無勢ではないのか。彼は、大丈夫なのか。

 魔族の子孫として覚醒したという浦飯幽助に仲介してもらったら、あの妖怪がどこの誰なのかもわかるかもしれない。

 

 ・・・・・・・・・無事だといいんだけど。

 

 

雹針の屋敷内に入り、洞窟の天井や壁が見えなくなると、ここが人間界だという事を忘れそうになる。もともと自分達がいた『里』へ戻ってきたような錯覚を覚えずにいられない。侵入者用の罠を避けたり、解除したりする方法も、かつてのままだった。

そして陣は、屋敷の最奥――里長の間に辿り着く。来てしまった、と思った。

 「では、オレの任務はここまでだ」

 一瞬、陣はどこからの声かと思った。ずっとお互い無言だったので、吏将が不意に声をあげた事を意外に感じた。

 「ここまで・・・・・・?

 「別に裏はない、言葉通りの意味だ。里長の間の入り口までお前に同行したら、オレはここを出るようにとのご命令でな」

 ここ。吏将は特に強調したわけではなかったが、陣の直感が聞きとがめた。それが意味しているものを、読み解かなければ。

 「この期に及んで、白々しい奴だべ。裏がないなんて見え透いた嘘、オラが信じるとでも思ったんか? 見くびんのもいいかげんにするだよ」

 押し殺した声で牙をむくと、吏将は鼻で笑いつつもやはり食えない男だと実感したらしかった。

 「何がどう嘘だと言うんだ」

 「オメの言う『ここ』ってのは屋敷だけじゃなく、里自体の事なんだべ? オラが消えて六人衆はじめ77戦士がテンパってる今の内に、あっちに攻撃仕掛けるつもりなんでねぇのか?

 これを聞くと、吏将はあからさまに声を上げて笑った。

 「ははっ、そこまで見当がついていながら戻ろうとはしないのだな、お前は! 新たな仲間達を見捨てでも、そんなに自我も何もかものっとられた相棒の側がいいか。勝手なマネが多い奴だと思ってはいたが、そこまで非情かつ自己中心的だったとはな」

 「・・・・・・オメも、まだまだ甘ぇべ。あいつらは皆、オラ一人が寝返った所で総崩れにゃなんねぇだ。そこまでヤワな奴なんざ一人もいねぇ!

 重く、それでいて鋭い陣の言葉に怯んだわけではないようだが、吏将が押し黙る。

 「オラは雹針の要求飲むしかなかったけんど、あいつらは違う。誰にも屈しねぇし負けねぇ」

 「・・・・・・フン、言ってろ抜け忍が。せいぜい里長に屈服するがいい」

 吏将がそう言い捨ててきびすを返すのと同時に、陣は里長の間と廊下を隔てる扉と向き合う。麻袋を持つ手に、自然と力が篭った。

 

 

 とるものもとりあえず、幽助は旧雷禅国を北神にいったん任せ、癌陀羅に文字通り飛んでいこうとしていた。

陣や雷禅の遺骨の件はもちろん、躯の意識が今にも戻りそうだと聞かされたためだった。

 しかしプーの背中に飛び乗る直前、幽助の携帯電話が着信を知らせる。液晶で相手を確認した後、通話ボタンを押すと同時に母の声が届いた。

 『幽助、あんた御手洗くんと天沼くんって覚えてる?

 前置きなしに、突然本題を放り投げてくる温子の癖にはもう慣れたつもりだったが、今彼女が口にした名前にはさすがに驚かされた。

 「覚えてる・・・・・・けど、何だよ急に」

 『いやね、あたし雪村食堂でランチ中なんだけどさ、今さっき急にその二人が来たんだよ。それより前にウチのマンションにも寄ったらしいんだけど、誰もいなかったら雪村食堂で連絡先聞こうとしてたんだって。何でもあんたに聞きたい事があるみたいなんだけどさ、時間大丈夫?

 説明されてますます幽助は混乱した。何故あの能力者達が自分を訪ねようとしてきたのか。しかも、螢子の家まで頼りにして。とにかく、本人達から直接聞いてみない事には仕方ない。

 「わかった。どっちかに電話代わってくれ」

 少し温子の声が離れ、聞き覚えのある声と短いやり取りを交わした後、母とは打って変わって遠慮がちな声が伝わってきた。

 『久しぶり、御手洗です。急にごめん。忙しかったかな?

 「いや、気にすんな。珍しいってか、懐かしい相手が出てきてびっくりはしたけどよ。一体どうした? まさか、指名手配中の神谷が何かしでかしやがったとか」 

 『いや、神谷さんの事じゃないんだ。でもどの道、入魔洞窟絡みではあるんだけどね。今日偶然知ったんだけど、あそこに妙な妖怪達が住み着いてるみたいでさ』

 「・・・・・・妙な妖怪?

 にわかに、胸の奥が嫌な音でざわつきだした。。

 『ボクと御手洗が危うく襲われそうになって、とっさにシーマンで対抗しようとしたんだけど、あっという間に凍らされてバラバラにされちゃったんだ。氷の力を使う妖怪に心当たりある? あ、それと『里長』がどうとか言ってた』

 心当たりも何も、そこまで言われたら確信せざるを得ない。御手洗と天沼が自分に接触を試みた事、二人が魔忍に襲撃されかけた事、そして入魔洞窟を新たな根城にしたらしい魔界忍者。もはやどれに重点を置いて驚けばいいのかすら、幽助はわからなくなりそうだった。

 「心当たりどころか、今正にガチバトルしようとしてる奴らだぜ! あいつらまさか、あの洞窟に目をつけやがるとはな!

 『やっぱり、かなりヤバい事になってるの? 蟲寄市で見かける妖怪達は、みんな無害そうに見えてたんだけど、洞窟前で遭遇した連中は全然雰囲気が違うんだ! それに、仙水さんが魔界への穴をあけようとしていた事も、ボクや天沼の事も知ってた。だからきっと、人間界も無関係じゃないと思って、浦飯くん達に連絡とろうとしてたんだよ』

 「そっか・・・・・・おかげでいい情報貰えたぜ、サンキュな! と、それよりオメーら、シーマンを粉砕するような連中から、よく無事で逃げてこられたな」

 御手洗の能力がそこまであっさり破られてしまったという事は、天沼の能力も通用しなかったか使えなかったかのどちらかに違いない。電波の向うの二人の姿は見えないが、御手洗本人や温子の口調からして大事には至らなかったことが容易に伺える。

 『それがね、万事休すって時に偶然別の妖怪が割って入ってきたんだ。最初は氷の力を使った奴らの仲間かと思ってたんだけど、むしろ逆だったんだろうな。ボクらの事見逃してくれたっていうか、助けてくれたんだもの。赤い髪でツノが生えてたんだけど・・・・・・彼の事も、もしかして知ってる?

 御手洗から聞いた言葉の中で、それは最も幽助を驚愕させた。だが、冷静に考えてみれば別に不思議な事はない。雷禅の遺骨を(おそらく)盗み出し、仲間達に何も告げず、そこまでして陣が姿を消した理由。

 彼は、知っているのだ。魔界忍者が入魔洞窟にいる事を。いかにしてその情報を入手したのかは定かではないが、とにかく陣は誰よりも早く魔忍の新たな隠れ里の所在地を掴み、そこに単身乗り込んだのだ。

 幽助は、とっさに時計で時間を確認する。入魔洞窟から、天沼と御手洗が雪村食堂に辿り着くまでの所要時間を逆算して、気が遠くなった。洞窟のどのあたりに里があるのかは知らないが、陣はとっくに到着したはずだ。そこで何が起きているのだろう。今、彼は無事なのか。

 あのバカ、くたばったら許さねぇぞ!!

 「・・・・・・陣は、洞窟に入っていったんだな?

 『陣さんっていうの? うん、そうだと思う。逃げるのに必死でその瞬間は見てないんだけど、他に考えられないよ。あ、ちょっと温子さんに電話戻すね』

 『そうそう幽助! 聞こうと思ってた事があんのよ。あたし実はさっき、陣くんからあんた宛に荷物預かったんだけどさ、これって一体何なの?

 「―――――は?

 今度こそ完全に、幽助は絶句する。本当に驚くのは、ここからのようだった。

 

 

 ちょうどその頃、癌陀羅の国営病院集中治療室で、ついに躯の意識が戻っていた。

 目をあけたかと思ったとたん、彼女は掛け布団をはねのける勢いで飛び起き、側で治癒能力の放射を続けていた雪菜を驚かせた。同時に、厚いガラスの向うで酎や桑原達もおぉっ、と思わず声を上げる。

 「・・・・・・ここは、癌陀羅内の病院・・・・・・か」

 自分を取り巻く状況を、さっと見回しただけで理解した躯は、自分の身に、そして百足に何が起こったかもすぐに思い出したらしく苦々しげに表情を歪めた。

 「あの、躯さん、急に起きたりして大丈夫ですか? ご無理をしては、お体に障りますよ」

 心配した雪菜が慌てて声をかけると、躯は我に返ったように向き直り、短く礼を述べて若い氷女を労った。

 『待ちかねたぞ躯!』廊下のマイクを引っ掴んで、鈴木が声をかけてきた『さっそくで悪いが、そのままでいいからとりあえず戦況の変化を聞いてくれ。実は』

 「陣はどこだ?              

 鈴木を遮って、躯は鋭い声を飛ばした。

 「雹針の外道ぶりは、元魔忍だったあいつの想像すら超えている。絶対に陣だけは雹針に近付かせるな!

 珍しく切羽詰った様子の躯に、鈴木は即座に返答を返せなくなった。そもそも、当の陣が突然単独行動をとり消息不明なのだ。その現状を躯にどう伝えようか。

 などと逡巡している隙に、横から死々若丸にマイクを奪われてしまった。

 『生憎、今は陣の所在がわからん。推測だが、雹針が凍矢絡みの要求を突きつけ、無理やり従わせているんだろう。逆らいたくてもできないような事くらい、あやつはいくらでも思いつきそうだからな』

 「・・・・・・そうか。どうやら寝すぎちまったようだな。すまない」

 『躯、オレとしてはこちらの現状説明よりもまず、あの日百足の司令室で何があったのかを知りたい。貴様は、雹針と対峙したのか?

 「――あぁ。呪氷使いの大軍が百足を急襲し、雹針の方はオレのいる司令室に堂々ときやがった」

 やっぱり。零れ落ちた鈴駆の声を、マイクが拾う。

 『一応確認するが、その雹針とは本体ではなく、凍矢の身体を乗っ取った方だったのだな?

 「そうだ。お前や陣が悠焔で見たというのと、同じだ」

 

 

 通常、百足の司令室は電子ロックで強固に施錠されている。出入りするには、指紋と網膜をチェックして、百足のホストコンピューターに登録された者(大統領はじめ乗組員、77戦士など)であるかどうかの照合が絶対条件だ。ちなみに登録されていないものが照合すると、たちまち対侵入者用の機銃装置が天井から姿を現し、対象者を蜂の巣にしてしまう。

 しかしもちろん、かの呪氷使いの姿を借りた『雹針』ならば、何の問題もなく開錠できる。もっとも彼ならば、機銃装置が出現しても瞬時に凍結させてしまうのだろうけれど。

 「久しぶりだな、躯」

 聞き慣れた声が、忌々しい口調で耳に滑り込んでくる。無線から轟く、内勤乗組員の断末魔も同時に。呪氷使いの大軍に囲まれ、百足が足止めされたかと思ったら、入り口はもちろん窓や壁を破り、奴らはいたるところから雪崩れ込んできた。77戦士が一人もいない空白地帯となった移動要塞は、あっという間に阿鼻叫喚の惨状と変わり果ててしまったのだ。

 最奥の司令室にいた躯が事態を知らされ、現状打破のための命令を飛ばそうとしていた矢先、想像以上に素早く『雹針』が現れた。

 見知った戦士の姿。しかし、冷徹な笑みと不吉なオッドアイだけで、まったくの別人だとわかる。

 「百足の内部構造、まだ覚えてたのか。大した記憶力だ」

 ホットラインは既に破壊され、携帯電話を使う余裕なんぞあるわけがない。乗組員達はもし生き残っても、『雹針』に太刀打ちできるはずもない。孤軍奮闘。上等だ。

 「いやおうなしに刻み込まれていたのだ。忘れる事も間違える事もありえん。再びお前とあいまみえ、今度こそ私が勝利するまでは」

 「ご立派な決意だが、他人の身体借りなきゃ宿敵の前に出られないような奴が、よくもまぁオレの要塞にいけしゃあしゃあと乗り込めたもんだな。神経の図太さも、妖術で肥大させたか?

 「どうとでも言え。77戦士の凍矢は、死んでこそいないがこの世には存在しない。私の後継者として、身体も核も、命も献上させたのだから。この身体はもはや、我が一部。手足に等しい。お前の知る部下ではないぞ」

 「悪趣味な」

 躯が吐き捨てるように舌打ちした。

 「凍矢の姿なら、オレが本気出せないと思うなよ。その期待ごと、貴様を殺し尽くしてみせる」

 「百も承知だ。お前がそこまで丸くなっているならば、大統領になどなれまいて」

 先手を撃ったのは躯だった。彼女は最初から右手に妖気を集中させ、空間ごと『雹針』をなぎ払おうとした。しかし次の瞬間、『雹針』はまるでこれを見越していたかのように跳躍してかわし、氷の槍を現出させる。かと思うと、司令室の天井を蹴って躯に上から突進を試みた。

 刺すような冷気が躯の鼻先を掠めたかと思った刹那、たった今まで彼女が立っていた地点に、鉄槌のように槍が深々と突き刺さる。容易には抜けないだろうそれを『雹針』は早々に見限り、二本目の槍をその手に持つ。

 そこへ一気に間合いを詰めてきた躯の喉元に、新たな槍を突きつけた。

 瞬きにも満たない静止。そしてすぐに両者は飛びのくようにして離れ、互いの距離を測る。

 さて、どうするか。

 空間切断の攻撃を連続で繰り出しながら、躯は『雹針』を追い立てつつ逡巡していた。相手もただの防戦一方ではなく、回避を繰り返しながら間合いを詰めようと冷静にこちらを観察している。

膠着状態は、長くもたない。中身が『雹針』である以上、手加減するつもりなど毛頭無いが、後々凍矢の核を取り戻し体内に戻す事を考えると、肉体の損傷はやはり少ない方がいい。せめて時雨が百足に残っていたなら、そこまで気にする必要なかっただろうが、彼の帰還を待ってはいられない事態だ。

 時間をかけず、与えるダメージを最小に抑え昏倒させる。『雹針』ほどの妖力を持つ相手には至難の業。

 本体が倒されるまで、せいぜい、いい夢見るがいいさ。

 躯が構え直す。『雹針』は彼女の核がある場所を狙い定め、氷の槍を投げつける。重厚に見えたその槍は、意外な速度で矢のように躯に襲い掛かる。それをギリギリの所で避けて、躯は再度『雹針』の懐に飛び込んだ。

 相手が新たな槍を生み出すより先に、勝負を決めるしかない。そのチャンスは、今。

 躯が、とうとう決定打を放つ―――――

 「何?

 寸前で、躯の手が、荒ぶっていた妖気が、止まる。固めていた拳が緩む。その理由は、『雹針』の目。

 金色に光っていた左目が、突然その光を失い、本来の色を取り戻したのだ。つまり、凍矢の目の色を。しかもその瞬間、おどろおどろしかった『雹針』の妖気も消えうせ、慣れ親しんだ凍矢本人のそれに入れ替わった。当然手にはもう、氷の槍など握られてはいない。完全丸腰。

 「嘘だろ、お前・・・・・・凍矢か?!

 思わず驚愕あらわに叫んだ躯の目の前で彼もまた、信じられないといわんばかりに自分の手を、姿を見下ろしている。

 「何故・・・・・・急に・・・・・・核も、オレの中に戻って・・・・・・?

 声色もはやり、完全に凍矢のものだ。手術の痕跡を確認しようとして、だが手元も足元もおぼつかず、凍矢はよろめき膝をついた。

 「大丈夫か? どういうわけかしらんが、今この身体の中にいる人格、生命は、間違いなく凍矢なんだな?

 「あぁ・・・・・・オレだ。雹針がオレを乗っ取り、何をしてきたかも、知ってる・・・・・・奴の五感を通して、オレの意識も追体験していた。! 陣は? オレの仲間達は今どこに?

 「焦るな、座って休んでていいから落ち着け。陣達もそうだが、一応時雨にも早急に連絡する」

 核移植の手術以外に、凍矢の身体に異変や不調がある可能性も否定できない。何にせよ、突如として元の持ち主の意識と繋がった身体は、不自然なタイムラグに耐え切れず妖気の波長がひどく不安定だ。一刻も早く、時雨に診察させた方がいい。

 携帯電話を取り出し、時雨の番号を呼び出そうとした刹那。躯の視界の端で、何か動いたのが見えた。頭で自覚するより先に、張り巡らされた神経が反応する。とっさに身体を捻って位置と体勢を変える。

 だが。気付くと視界を赤い霧が覆いつくした。一瞬だけ広がったそれの後に、躯は自分の右腕の付け根から先がなくなった事を自覚する。くるくる回転するそれが床に落下して、さらに携帯電話が踏み潰されるのが、まるでスローモーションのように見えた。

 膝をつき、左手でバランスを保ち、きっと携帯電話を踏みつける足の主をにらみ上げる。冷たい光を放つオッドアイと視線がかち合った。

 「無様だな、大統領閣下殿」

 躯の血を滴らせる槍を手に、『雹針』が悠然と笑っている。

 「バカな、また・・・・・・?

 ほんの一瞬前、確かに凍矢に戻ったかと思いきや、またしても彼の姿を借りてかつての暗殺者が目の前に立ちはだかっていた。目の前の現実を脳が処理しきれず、躯は右腕を千切られた衝撃すら忘れた。

 「やはり、中身も凍矢本人ならお前さえも油断するか。できればこの手段はまだとっておきたかったのだが、ここでお前と長期戦は避けたいのでな。しかしそれでも、右腕をしとめるので精一杯とは・・・・・・本当に、侮れん奴め」

 「何故だ。ついさっき、確かに凍矢自身だった! 人格も、妖気も、全て!

 噛み付くように叫ぶ躯を見下ろして、『雹針』は槍の先端を躯の鼻先に突きつける。

 「『遠隔延命接続』の、機能の一つだ。我が本体の手元にある凍矢の核と、今この体内にある私の核を一瞬で、距離も次元も関係なく入れ替えられる。限定されているとはいえ、部分的な瞬間移動が魔方陣無しで可能になったという事だ」

 「それじゃあ、凍矢の核は今また、貴様の手元に戻されたと?!

 「無論。そして先ほど奴が言っていたように、私の五感を媒介にしてこの状況が凍矢の意識に伝達されている。とはいえ、互いの思考や記憶までは共有できんため、核の瞬間移動を凍矢が知ったのも貴様と同じく今この時だがな。一体どうとらえ、感じ、反応しているのか、私の方から感知できんのは残念だが・・・・・・あれも陣ほどではないとはいえ、わかりやすい所があったからな。容易に想像がつく」

 さも楽しそうな声音に、躯の神経が逆立った。凍矢の声だから、余計に許しがたい。つまり雹針は、これまでずっと自分の悪行の数々をリアルタイムで凍矢に見せ付けてきたのだ。

 本体から切り離され、文字通り手も足も出せない状況に拘束された、凍矢に。そしてそれを心底楽しんでいる。

 「それがお前の、凍矢に対する報復か。陣へのそれに勝るとも劣らぬ醜悪な罠だ」

 「何を今更、そう捉えられなければ意味が無い」

 得意げに笑って見せながら、『雹針』は躯に向かって跳んだ。同時に、槍を振りかざす。とどめを刺す気か。片腕を失い、バランスを崩しながらも躯は敏捷に反応する。だが『雹針』はその動きさえ読んでいた。ハッと気付いた時には、躯の視界を魔方陣が覆いつくしていたのだった。

 

 

 「で、気がついたら虐鬼の泉にいた、というわけさ。先にオレが奴の罠にハマってしまったともいえるな」

 雪菜の静止を振り切って、集中治療室を出た躯を、鈴駆達が囲んでいる。彼女から百足で起きた事の次第を聞かされた一同は、驚愕と怒りが同時にメーターを振り切り、感情さえも一時停止して、すぐには誰も何も言葉が発せられない状態だった。

 「そんな・・・・・・そんな奴の所に、陣は一人で行っちゃったの?

 鈴駆が途方に暮れたように口火を切った。

 「もし、『雹針』とガチ対決んなって、躯に仕掛けたのと同じ事をやられたら・・・・・・あいつ殺されちゃうよ!!

 「落ち着け、鈴駆!

 見るからに蒼白になった、小さな相棒の肩を掴み、酎は芯の通った声を放つ。

 「間者の守護法衣で一度見失ったとはいえ、飛影の邪眼で魔界中探しても陣の足取りが捕らえられねぇっつー事は・・・・・・やっぱり、魔忍の里は魔界には無いのかもしんねーぜ」

 「そう考えた方が、おそらく賢明だな」鈴木が頷いた「首縊島に痕跡がなかったからといって、安心したのが早合点だったんだ。確かに、魔忍の里の移転先とするには人間界ではかなり場所が限られてしまうだろう。しかしだからといって、首縊島以外の可能性がゼロとは言い切れなかったんだ」

 「とはいえ、今から今度は人間界捜索か?」死々若丸が眉間のしわを深くする「魔界より小規模の世界ではあるが、飛影の邪眼に頼るとしてもしらみ潰しでは時間がいくらあっても足りんぞ。せめて見当を絞り込まねば」

 と、死々若丸がそこまで言った時、桑原の携帯電話が再び鳴った。かけてきたのも、再度幽助だ。

 「おう、どうした? オメー今、こっち向かってる途中じゃなかったっけか? ついさっき、大統領さんが目ぇさましたぜ」

 『そっか、わかった。桑原、すぐにマイク機能使え。オレが言う事、酎や躯達にも全員聞こえるようにしろ』

 幽助の声が、妙にこわばっているように聞こえる。怪訝に思いつつも、桑原は指示通りにした。軽く掲げられた携帯電話から、感情を押し殺しているような幽助の声が届く。

 『陣の居場所が、魔忍の里の現在地がわかった。蟲寄市って所の、入魔洞窟の奥だ』

 「えーっ?! 本当に? 間違いなく? ってかそれってどこ?!

 「おいおい、よりによってあのいわくつきなトコかよ?!

 目を丸くした鈴駆と桑原の叫びが、重なって病院の廊下に響いた。「静かにしろ」と躯にたしなめられ、思わず肩をすくめた二人を尻目に、躯は携帯電話越しの幽助に向かって話しかける。

 「浦飯、オレだ。今の情報、裏はとれてるんだろうな? どうしてわかった?

 『入魔洞窟の一件は、オメーにも情報として入ってんだろ? 元仙水サイドだった御手洗と天沼から、教えてもらったんだ。そいつらが直接魔忍の里を見たわけじゃねーけど、洞窟の入り口で下っ端っぽい呪氷使いと、陣に接触してる。信用できるぜ』

 「よしわかった! 全然知らねー奴らだけどよ、とりあえずお前から礼言っといてくれや。今からオレ達で総攻撃しかけに行ってくるぜ!!

 バキバキと派手に拳の関節を鳴らして、酎が勢い良く立ちあがる。鈴木、死々若丸、そして鈴駆もそこに続いた。その光景が見えているかのように、携帯電話からはさらに、幽助の声が重なる。

 『電話切ったら、オレも行くぜ! 陣の奴、必要以上に危ない橋渡ってやがる。・・・・・・実はな、あいつが雹針の命令で盗まされたんじゃねーかと思ってた、オヤジの遺骨・・・・・・今、オレのオフクロが持ってんだ』

 「温子さんが? 一体、どうして・・・・・・」 

 沈黙を守っていた雪菜まで、とうとう声を上げた。それほどに、幽助から聞かされた新事実は意外だった。

 『骨壷ごと別の箱に入れて、まるで宅急便みたいに梱包して、オレん家に届けにきたんだとよ。幽助に頼まれた。連絡あるまで絶対開けないでくれ、ってさ』

 「・・・・・・意味がわからん。そんな事をして何になる?

 死々若丸は茫然と立ち尽くしたが、それに答えるように鈴木が言葉を紡ぎだした。

 「陣にもたらされるメリットは無い。だが理由は想像できる。あいつはやっぱり、雹針の命令なんか丸呑みできなかったんだよ。せめてもの抵抗って所か。それに何より、幽助のルーツともいえる雷禅の遺骨を、宿敵に触れさせたくなかったんだろう」

 陣は、良くも悪くもシンプルだ。例え思わぬ方向に一人突っ走っても、その根本は揺るがず変わらない。

 「ちょっと待てよ、そんじゃあ陣は結局何持ってったんだ?

 桑原が食い下がった。

 「偽者か、あるいは無縁仏に埋葬されている元罪人のものを掘り起こしたか、のどちらかだ。間者の守護法衣で妖気を完全遮断した後なら、どちらも悟られずに実行できる・・・・・・しかし」

 痛みを飲み込むように、いったん鈴木は言葉を区切る。

 「要求に逆らわれた事を知った雹針が、何をするのか考えたくも無い! 陣はそれをも覚悟の上なんだろうが」

 「いや」

 躯が素早く否定する。その場の一同と、電波の向うにいるライバルの忘れ形見の視線と意識を集め、彼女は重苦しい空気を押しのけるように続けた。

 「雹針にとってはおそらく想定内だ。もし本当に、陣が雷禅の遺骨を持って来たならめっけもんだが、それだけにすぎん。可能性はゼロに近い事くらいわかってるだろ。やつの性格とこれまでのやり口からして、そこまで考えが回っているだろう事は確実だ。あいつはただ、陣一人をおびき寄せたかっただけさ」

 「それは、抜け忍への制裁目的ってか?

 酎の声が鋭くなった。

 「・・・・・・その点について、一つ危惧している事がある。ぜひとも外れてほしいがな」

 躯としてははそれこそ考えたくなかったし、できれば口に出したくもなかった。だが、これから人間界にワープする酎達には、心得させなければならない。単刀直入に核心のみを告げる。

 

 癌陀羅と旧雷禅国に、痩血瑠を取り付けられたテロリストと、吏将率いる魔界忍者の大軍が押し寄せてきたのは、正にその瞬間だった。

 

                  BACK                                                                                                              INDEX